「――王子様、オリビア様との“舞踏会での共演”の件、正式に承認が下りました!」
「…………は?」
側近エドワルドの報告に、アルベール王子は硬直した。
ここは王宮・謁見の間の控え室。
美しく磨かれた床に、朝の光が差し込んでいるが――王子の心は氷点下だった。
「……共演とは……?」
「つまり、次の王宮主催の舞踏会において、オープニングの一曲目を――オリビア様と共に踊っていただくことが決まりました」
「……誰が決めた」
「国王陛下と王妃陛下です。“理想の婚約者同士の絆”を、国民に示したいとのこと」
「勝手な……!」
(俺はまだ、手すらまともに触れてないのに……!)
アルベールの心の中には、“オリビア様と初めて手を繋ぐのはもっとこう、特別な、個人的な空間で……”というささやかな夢があったのだ。
まさか王宮全体の前で、それが強制的に実行されるとは――。
しかも、あの“噂”が火種となった。
「……そもそも、誰だ、“理想の婚約者カップル”などと言い出したのは」
「ご自分で少しは自覚を持たれてください。先日のドライフルーツ騒動、あれが絵画になって王都中に配られたのを忘れましたか?」
「絵画!? あれが……!?」
「“彼女にだけ贈った果実を、皆にも分け与える優しき王子”として、美化された模様です」
「……違う……全部違う……!」
王子の叫びは誰にも届かず、舞踏会の準備は粛々と進んでいった。
***
その一方。
「――えっ、私が王子様と……踊る?」
オリビアもまた、侍女ミーナからの報告に驚愕していた。
「そ、そうです! 王宮主催の舞踏会で、開幕のペアダンスを……!」
「……なんでそんな話に……私たち、まともに会話したことすらないのに……!」
「“憧れの婚約者たちが、愛を踊りで語る”のだとか……」
「聞いてない、何も聞いてないし、愛も踊りも語ってないのに……!」
彼女の中で、あの日のコート事件とドライフルーツ事件がよみがえる。
その“勘違い”の積み重ねが、国民の間でロマンチックに美化され、ついには舞踏会の“顔”にまで祭り上げられていた。
(……嫌われてるはずなのに……どうしてこうなるの……?)
けれど。
国王の命令とあっては、断ることもできない。
そして、迎えた――舞踏会当日。
***
天井の高い王宮の大広間には、煌びやかなシャンデリアが下がり、貴族たちのざわめきが満ちていた。
中央に設けられた舞踏の円の中。
ひときわ注目を集めるのは、金と白のペア。
――アルベール王子と、白銀の令嬢オリビア。
「……手、冷たいわね」
「……緊張しているだけだ」
「私もよ」
ふたりとも、今にも気絶しそうなくらい、緊張していた。
けれど、音楽が流れ始めれば、もはや逃げ場はない。
王子は小さく息を吸い、右手でオリビアの手を、左手で彼女の腰をそっと支える。
(……触れてしまった……)
(……踊ってしまってる……)
言葉こそなかったが、ふたりの脳内はパニックだった。
それでも――舞踏会に慣れている貴族たちには、まったく別の景色が見えていた。
「まあ……なんて美しい二人……!」
「視線を交わさずとも、心で通じ合ってる感じがする……!」
「これぞまさに、理想の恋人……!」
(いや、通じ合ってませんけど!?)
(私たち、今日もまともに会話してないけど!?)
心の中で叫ぶふたり。
それでも音楽は優雅に流れ、拍手が鳴り響く。
舞が終わる頃、ふたりはほんの少しだけ目を合わせた。
「……お疲れ様です、王子様」
「……無事、踊りきれてよかった」
それだけだった。
だけど――なぜか、顔が熱かった。
(……どうして、こんなに緊張してたのに)
(……終わったあと、ちょっとだけ……寂しいなんて)
拍手の中、ふたりはまた“いつもの距離”へと戻っていった。
だが、国民たちの中でその夜――
「王子が彼女の腰に手を回した瞬間、空気が変わった」
「オリビア様の視線が、まるで王子様に“恋してます”って……」
と、さらに恋の噂が盛大に独り歩きすることになるのだった。
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