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【第一話:春の祈り】


春の早朝。山間にはまだ濃い霧が残る。空は段々と色づいていき、朝日が川面に淡い金色の光を灯す。

ひんやりとした湿った空気の中、石混じりの浅い流れが静かにせせらぎを立てる。

川沿いには草地が広がり、野花や新芽が春の訪れを告げていた。遠くの山には柔らかい霧がかかり、谷間に影を落としている。


エスラフィカ王国__。

山岳地帯を中心とし、内陸に位置する王国。自然に恵まれた土地は清らかな川と木々に囲まれており、資源は豊潤である。

故に輸出の絶えない経済主要国の一つであるのだが__あらぬことに、エラスフィカ王国は輸入を積極的に行っていない。

農産物はもちろん、山岳から採掘できる鉱石、神聖な湿原故に革新的な研究が進んでいる独自の生態学。そしてなにより勤勉で働き者の国民〈労働力〉。


どれも他国にとっては喉から手が出るほど欲しい財源であるにも関わらず本国は外国との交流や輸入を極力控えているのだ。必要最低限の資源のみ、高位聖職者の監督下で取引されるに過ぎない。


なぜなのか。


それには国教である『エラスフィカ教』が深く関係している。


本国は宗教の教義や儀式、また教祖、ミルナクのお告げが国民の生活の中心であり、エスラフィカ教が実質の王権なのである。

余計な情報や異文化信仰を避けるため、国は物理的にも経済的にも他国と距離を置く。国は木々と川に囲まれ、その道のりは難解を極めており、特殊部隊のみ進行可能とされる。また、城壁は上部が霞むほど高く、厚く作られており、容易に突破はできない。


そうはいっても希少鉄や特産物には制限をかけられないため一部の外交は許されているものの、必要最低限の極みである。


観光客など言語道断、特に書物や知恵物、芸術などは強く制限されており、かつて娯楽のために個人で絵画を輸入した国民が聖職者によって片目を抉られ、都市の広場でその姿を公開されたという逸話もあるほどだ。


国民たちは城壁の外を知らない。

生まれてから死ぬまで、ずっとこの国で営みを続けるのだ。

それが何よりの幸福だと、疑う者は誰もいない。


__空は段々と色づいていき。


国の外れ、緩やかな山岳の中にひっそりと佇む屋敷があった。周囲には森と低い石垣が広がり、”ご近所さん”は存在しないほどの孤立した立地。

庭には手入れの行き届いた花壇が並び、奥には小さな菜園もある。屋敷の東には柔らかい小川が流れ、石橋を渡ると森に続いている。


人里離れた静けさは、その場所の神聖さを表しているようだった。


小川の縁に少年が1人、釣り糸を垂れて座っていた。

肩にかかる薄紫の髪。そのオリーブの瞳を隠すように、前髪は長く伸びている。

線の細い、華奢な体を伸ばし、少年は大きな欠伸をした。髪の隙間から、真っ白な肌がのぞいている。


「こんな早くから何やってるんだ。セリオ。」


屋敷の方から低い声が響いた。


「カイラン!起こしちゃいましたか?」


セリオと呼ばれたその少年は大きな瞳をぱちくりとさせ、声の低い青年に振り返った。


「起こしたもなにも、目覚めて隣にお前が居なかったから冷や汗かいたぞ。」


カイランは寝癖のついた頭をかき、だるそうにセリオの側に腰を下ろした。


「……どうだ、釣れたか。」


マルーンの髪を結いながら、釣り糸の落ちる先を眺める。


「ぜーんぜん。春の魚は上流にいらっしゃるのではなかったのですか?」


セリオはそう言って、空の水瓶を見せた。


「うーん、アユくらいはいると思ったんだが。」


台詞とはよそに、カイランは釣りにあまり興味がないようだった。

もう良いだろ?と呟き、セリオに屋敷に戻るよう念を押した。


「ちぇっ、また今度餌を変えてやってみよう。」


釣竿と道具が入った木箱を抱え、セリオはカイランの後を追った。



2人きりの食卓。

白いクロスがかけられた机の中心にはミズバショウが活けられており、それを挟んで2つの質素な椅子が並んでいる。

カイランがキッチンから朝ごはんを運んでくる。メインには自家製の少し固いパン、ハーブと人参が添えられた川魚のグリル焼き。

副菜には庭で育てた野菜のピクルス、春のベリー。

セリオには温かい豆乳を、カイランにはミルク入りの紅茶を注いだ。


食卓は暖かく、香ばしい香りに包まれる。


「ミルナクよ、今日の糧に感謝します。」


胸の前で手を重ね、カイランがそう唱える。

セリオも続いて手を合わせる。


「川と森、そしてミルナクが与えてくれた命に、心から感謝を。」


そう言い切った瞬間、神妙な面持ちから一変、セリオは意気揚々と食事に貪りつく。


「こら、そんなにがっついて……。」


「だって昨日ぶりのカイランのご飯ですもの!」


そう言いパクパクと食事を口に運ぶセリオを見て、カイランは呆れながらも静かに微笑むのだった。

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