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第9話「もう一つの透析」
翌朝。
病室の天井を見上げながら、俺は夜に決めたことを胸の奥で反芻していた。
――今日、俺は翔ちゃんに透析を譲ってみせる。
昨夜、布団に顔を埋めて決意したあの瞬間から、迷いはなかった。体はだるくて、胸のあたりも重く感じる。それでも「翔ちゃんが透析できない」なんて事態に比べれば、どうってことない。
カーテンが開き、担当医と看護師がやってきた。カルテを手にした医師が淡々と告げる。
「残念ですが、今朝も透析機は埋まったままです。新しい機械の調整が間に合わなくて……」
翔ちゃんの顔が曇る。わずかに笑みを作ろうとするけど、目元は隠しきれない。
「やっぱり…あかんのか」
肩を落とした翔ちゃんの姿に、胸が張り裂けそうになった。
俺は思わず声を上げていた。
「先生! 俺の透析、翔ちゃんに譲れませんか!」
室内の空気が一瞬で凍り付く。
医師が驚いた目を向ける。翔ちゃんも「は?」と間抜けな声を漏らした。
「昨日、俺透析したから……今日はまだ多少は耐えられると思います。だから、その分を翔ちゃんに……!」
「かもめん!! 何言うとんねん!!」
翔ちゃんが慌てて立ち上がり、俺の肩を掴む。
「お前、透析飛ばしたら毒素が体に溜まんねんぞ!? 死ぬぞ、ほんまに!」
「わかってる! でも翔ちゃんが透析できないなら、それこそ死んじゃうでしょ!」
必死に言葉を吐き出す。声は震えていた。
「俺一人がちょっと我慢すれば……翔ちゃんは助かる。だったら……譲るのが一番」
医師が首を横に振る。
「駄目です。どちらも命に関わるんです。君の体だって、昨日の透析だけじゃ不十分なんです」
俺は必死に食い下がった。
「お願いします! 俺は……俺は翔ちゃんに生きて欲しいんです! アイツの顔が絶望で歪んでいくのを、もう見たくないんです!」
翔ちゃんは俯き、拳を震わせた。
「……お前、なんでそこまで……」
「相棒だからに決まってるじゃん!」
叫んだ瞬間、涙が滲んで視界が歪む。
結局、医師は深くため息をついた。
「……一度だけです。今日だけ、君のスケジュールを調整して、翔くんに優先的に透析を行います。ただし、これは危険な判断ですから……後悔しないように」
「はい……ありがとうございます!」
俺は頭を深く下げた。翔ちゃんはまだ納得していない様子で、ずっと俺を睨んでいた。
「かもめ……ほんまにアホや。……そんな無茶して」
「俺のアホは今に始まったことじゃないだろ」
笑いながらそう返すと、翔ちゃんは唇を噛んで俯いた。
昼、透析室。
翔ちゃんがベッドに横たえられ、機械に繋がれていく。チューブ、針、独特の機械音。
翔ちゃんは顔を引きつらせながらも、無理やり笑った。
「なあ、かもめん。俺、今日から……お前とお揃いやな」
「お揃いって……透析でペアルックとか聞いたことないぞ」
「ペアルックやなくて、ペアライフや。命つないどんねん」
翔ちゃんの妙な言い回しに、思わず噴き出した。
血が管を流れていくのを見ながら、翔ちゃんの目がかすかに潤む。
「……なんやな、思ってたより怖いな」
「でしょ? 俺だってめちゃくちゃビビってたんだよ。けど……ほら、今こうして生きてる」
「……せやな」
握った翔ちゃんの手が震えている。俺はその震えを、そっと包み込んだ。
透析を終えた翔ちゃんはぐったりしていたけれど、確かに息は落ち着いていた。
「……おかえり」
俺が笑いかけると、翔ちゃんは弱い声で「ただいま」と返した。その瞬間、涙がこぼれた。
その夜。
病室に戻った俺は、吐き気とめまいに襲われた。
「……ぐっ……」
頭が重く、体中がだるい。腎臓に溜まった毒素が、少しずつ体を蝕んでいく。
でも、ベッド越しに眠る翔の安らかな顔を見たら、不思議と耐えられる気がした。
「……大丈夫。俺は大丈夫だから」
胸の奥でそう繰り返し、再び布団に顔を埋めた。
苦しいけれど、それでも後悔はなかった。
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終わりでございますぅ
それではまたお次回
ジャンケンポン!!
うふふふふふ〜
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