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直樹の元へ届けられた最後の報告書
そこには加賀の手によって、真実が冷酷に記されていた。
『詩織は健在。事業は過去最高の黒字。陽太は父の姓を捨て、新しい未来を歩んでいる。……お前が信じていた数字は、すべて詩織さんが買い取った「嘘」だ』
檻の中から、獣のような絶叫が響き渡ったという。
自分の描いた図面で詩織を踊らせているつもりが、実は自分が詩織の描いた「箱庭」の中で
一円の価値もない夢を見せられていただけだった。
直樹は精神の均衡を完全に失い
独房の壁に自らの頭を打ち付け、そのまま意識不明の重体で医療棟へと運び出された。
そんな中、ルーツ・ガーデンの私の元に、一人の老紳士が訪ねてきた。
白髪を綺麗に整えたその男性は
父が創業したばかりの頃、共に行商をしていたという長老・松本さんだった。
「詩織さん、お父さんの万年筆……大切に使ってくれているんだね」
松本さんは、私の胸ポケットの万年筆を見て目を細めた。
「君のお父さんはね、一円の重みを誰よりも知っている人だった。昔、倒産しかけた小さな町工場を救うために、自分の給料を削って、たった一円の誤差も出さない正確な帳簿を作り直したんだ」
「その誠実さに打たれた支援者が、お父さんに贈ったのがその万年筆なんだよ」
私は、万年筆を手に取り、その重みを改めて確かめた。
「直樹君は、数字を『人を支配する道具』だと思っていた。……でもね、お父さんにとって数字は『人を助けるための祈り』だったんだ」
「一円を大切にするのは、そこに誰かの汗と涙が染み込んでいると信じていたからなんだよ」
松本さんが手渡してくれたのは、父が創業当時に書いた一枚のメモだった。
そこには、掠れた文字でこう記されていた。
『一円を笑う者は、一円の愛に泣く。商いの正解は、懐を肥やすことではなく、誰かの人生を黒字にすることだ』
(お父さん……)
私は、涙が溢れるのを堪えられなかった。
直樹が「弱さ」だと嘲笑った父の誠実さは、実は誰にも奪えない最強の「資産」だったのだ。
私が今、ルーツ・ガーデンでやっていることは、父が遺したこの「一円の奇跡」の続きだったのだ。
医療刑務所のベッドで、管に繋がれ、一円の思考も生み出せなくなった直樹。
一方、私は父の万年筆で、誰かの人生を黒字にするための新しい契約書にサインをした。
【残り27日】
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