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掃除ロッカーの扉が、金属音を響かせて閉まった。その瞬間、外の光がすっと消え、狭い空間に、数人の影が沈む。
「お前さ、何様なん?」
声が低く、乾いていた。
壁際に追い詰められた日下部は、肩をゆっくり背後にぶつけたまま動かない。
「“ヒーローぶってるだけ”って、マジだったんだな」
笑い声が一つ、二つ。
けれど、それは笑いではなかった。
ただ、「正しさ」そのものを踏みにじることへの快楽だった。
「こいつさ、遥のこと好きらしいじゃん?」
「マジか。あーあ、じゃああの女顔に欲情してんだ。最低」
「そりゃ殴れねえわけだ。殴ったら、キズついちまうもんな?」
誰かの肘が、背中にねじこまれるように押された。
骨が軋む感触がしたが、日下部は声をあげなかった。
「動かねーし。マジで気持ち悪いって」
誰かがスマホを出す。
──カシャ、と、シャッター音が響く。
「“証拠”撮っとこ。“ホモヒーロー”ってタグつけてさ。お前、バズるぞ?」
その言葉に、別の誰かがくすくすと笑う。
乾いた音。
何かがひび割れていくような、冷たく、鋭い音。
制服の前を、わざと引っ張られる。
ボタンが外れる音がして、襟元が大きく開いた。
「おいおい、下着も見せてくれんの? サービスかよ」
「つかさ、なんでビクビクしてんの? もしかして、感じてんじゃねえの?」
「やば。見た目よりエロいんだな〜。やっぱお似合いだわ、あの二人」
誰かがシャツの裾をめくろうとする手を止めなかった。
日下部の手が、その手を払いのけるように動いた。
──が、すぐに押さえ込まれた。
「手ぇ出すなよ、正義マン。おまえ、“怒ったら終わり”って、あいつに言われてたろ?」
「蓮司が言ってたじゃん。“怒ることすら、加害になる”んだって」
「ほら、我慢しろよ。おまえが望んだんだろ? あいつを守るって」
その言葉に、日下部の手が止まった。
思考が、一瞬、空白になった。
誰かが、シャツの中に手を差し入れるふりだけをして、
指先を首の後ろに滑らせた。
ぞわ、と、悪寒が背中を走る。
だが、それ以上は何もされなかった。
──されなかったが、それだけで十分だった。
嘲笑の空気だけが残る。
その中で、日下部の呼吸だけが浅くなっていった。
拳を握っても、爪の痛みすら感じなかった。
自分が、ただの「素材」になっていく感覚。
見えないものに形を与えられて、“自分でない誰か”として演出されていく感覚。
(……こんなもの、守ってるって言えんのかよ)
遥はいない。
あの昇降口での「寄りかかり」も、
抱きしめたかったあの震えも、
何もかも、いま目の前の現実とは、かけ離れていた。
ただの遊び。
ただの見世物。
──ただの、捏造された“欲”の標的。
「……見てろよ、正義マン。またあいつ、オモチャにされてっからさ」
最後に誰かがそう吐き捨てて、足音が離れていく。
残された日下部は、胸元を押さえながら、
そこに誰の温もりもなかったことに、かすかな吐き気を覚えた。
(オレが、やったんだ)
叫び出したい衝動を喉に押し込んで、
日下部はその場に──ひとりで、崩れ落ちた。