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放課後の教室は、誰もいないようで、どこか湿った熱を残していた。カーテンが風に揺れて、遅れた蝉の声がどこか遠くから聞こえてくる。
蓮司は窓際の席に腰掛け、片手で髪をかき上げながら、スマホの画面をスクロールしていた。
SNSのタイムラインには、クラスの誰かが投稿した、歪んだ言葉と笑顔が並ぶ。
『今日の正義マン、また沈黙www』
『ヒーロー(笑)』
『なぁ、あれって付き合ってんの?』
投稿を見ながら、蓮司は小さく息を吐いた。
「“被害者”ってさ、便利だよな」
誰に話すでもなく、言葉が漏れる。
「正義」とか「同情」とか──何も考えずに人を持ち上げてくれるラベル。
ひとつ付ければ、何もかもが味方してくれる。
でも。
「……もう、ちげぇんだよ。あいつらは」
椅子の背もたれに体を預けながら、蓮司は口角を上げた。
「“壊れそうな奴が、壊れそうな奴を守る”ってさ、どっちが悪いと思う?」
「俺ら、何もしてないのに。“そう見えるだけ”って、やつ」
スマホをしまい、立ち上がる。
黒板の前まで歩いていき、そこにまだ薄く残っていたチョークの文字に指を伸ばす。
『エロカップル』
『共犯』
『ヒーローごっこ』
「“守る”っていう“攻撃”、もっと見せてほしいんだよね」
チョークの白い粉を指でこすりながら、蓮司は呟く。
それは、願いでも皮肉でもなく──まるで、台本を書く脚本家の視線だった。
「どっちが先に壊れるかなんて、もうどうでもいいけど」
教室の空気が、夕方の光の中で薄く歪んで見えた。
「“加害されてる二人”が、“加害し合ってる”ように見せれば──」
窓の外からは、まだ部活帰りの笑い声がかすかに聞こえる。
そのすべてが、違う世界の音のようだった。
「……クラス全体が、もう逃げられなくなる」
蓮司の目の奥には、温度がなかった。
ただひとつの目的を、「どう壊すか」という視点だけで測っている残酷な眼差しがそこにあった。
蓮司はチョークの粉を指先ではたいて、
もう消えかけた“共犯”の文字を、ぬるりと指でなぞった。
「決めるのは、見てる奴ら。……俺らじゃない」
そう言って笑ったその顔は、
すべてを操りながらも、どこかで“ただの観察者”を演じているようだった。
──その笑みの下で、すでにいくつもの「仕掛け」が静かに動きはじめていた。
黒板の前に立ったまま、蓮司はスマホを耳に当てた。
すでに通話は繋がっていた。
「……うん、またちょっと、面白くなってきた」
受話口の向こうからは、低く落ち着いた、年上の女の声がかすかに返ってくる。
言葉ではなく、吐息のような微笑。
「“正義”って、ほんと壊れやすいよな」
蓮司の声には、愉快そうな軽さがあった。
だがその指先は、黒板に残された『共犯』の文字を爪でなぞっている。
「ねえ、沙耶香。あいつら、どっちが先に崩れると思う?」
沈黙の向こうで、かすかに笑い声が漏れた。
「……やっぱ、見てるだけって、最高」
蓮司は小さく笑い返した。
「“守ろうとすること”が“攻撃”だって──
みんな、もう気づいてんだよな。気づかないふりしてるだけで」
誰かが遠くでチャイムを鳴らす音がした。
蓮司は通話を切ると、スマホをポケットにしまい、ひとつ息を吐いた。
「じゃ、続き……始めますか」