テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#素人作品
YAMATO
824
#ほのぼの
#大人の恋
E―さん
29
「私、今はお父様の会社――藤井田ホールディングスで働いているの」
「えっ、藤井田さん、会社に……?」
「そ。まぁ、肩書き的には〝お嬢様の社会勉強〟みたいな感じだけど」
さらりと言う。
「で、良介が取引先として出入りしてたのよね」
「最初は普通に仕事相手だったんだけどねぇ」
良介が穏やかに笑う。
「気付いたら、よく話すようになってたんだよね~?」
「そうそう。ほら、良介って、こんなじゃない? 私のことも、〝藤井田家のお嬢様〟扱いしなかったのよ」
千紗がぽつりと零す。
「周りはみんな、だいたい家名で接してくるから。かなり新鮮だった」
「いや、だってチィはチィでしょ?」
良介が不思議そうに言う。
あまりにも自然な返答に、千紗がふっと笑った。
その空気感だけで、この二人がちゃんと恋人同士なのだと伝わってくる。
「それで、良介に連れられてこの店へも来るようになって、はーくんとも仲良くなったってわけ」
「まぁ、千紗さんめちゃくちゃ馴染むの早かったけどね」
「はーくんが話しやすいからでしょ」
「え、何その褒め方。照れる」
「単純」
千紗が即答して、良介が吹き出した。
そんな三人を見ながら、晴永が小さく眉を寄せる。
「……で、許嫁の話は?」
その一言で、空気が少しだけ落ち着いた。
千紗が静かに息を吐く。
「正直、もう時効だと思ってたのよね」
「時効?」
「だって、晴永さんとまともに顔合わせたことなんてほとんどなかったし。子供の頃にちょっと話に出て、そのまま流れたと思ってたから」
瑠璃香は思わず晴永を見る。
「それは……俺もだ」
晴永もまた、何とも言えない顔をして頷いた。
「なのに突然、お祖父様――角宮盛晴さんが、この縁談を進めるって言い出したの」
「まぁ、俺も寝耳に水だったけど」
晴永が低く呟く。
「私は普通にびっくりしたわよ。しかも良介いるのに」
「その時、千紗さん、うちの店でめちゃくちゃ荒れてたよね」
晴留が苦笑する。
「『政略結婚なんて絶対イヤ!』って」
「言った」
千紗が即答した。
「だってイヤだもの」
迷いのない言葉だった。
その横で、良介は静かに微笑んでいる。
「で、その時に俺も初めて事情をちゃんと聞いてさ」
晴留が包丁を動かしながら続ける。
「それで母さんに、それとなく聞いたんだよ。〝千紗さんには恋人いるみたいだけど、何とかならないの?〟って」
「……清香さんに?」
瑠璃香が小さく呟く。
「うん。でも母さん、その時は『お祖父様が決めたことだから』って感じで、全然取り合ってくれなくて」
「まぁ、あの人ってそういうところ、あるから」
晴永が眉根を寄せながら呟くと、千紗が肩をすくめる。
「でも数日前、今度は逆に母さんの方から連絡が来た」
晴留の声色が少しだけ真面目になる。
「『晴永は覚悟を決めたみたいだけど、千紗さんも同じなの?』って」
瑠璃香は小さく息をのんだ。
晴永もまた、静かに視線を伏せる。
「だから俺、千紗さんに聞いたんだよ。『本当に家に逆らう覚悟はあるのか?』って」
「千紗さん、それにはなんて……?」
瑠璃香が恐る恐る尋ねる。
千紗はふっと笑った。
「『当たり前じゃない!』って答えた」
その言葉には、迷いがなかった。
「……それが、昨日」
晴留が言う。
「店の前で話してた時……ですか?」
瑠璃香が思わず呟くと、晴留が「あー……」と苦笑した。
「そう、その時。……で、そのあと俺が千紗さんに頼まれて母さんに連絡して――。兄さんと小笹さんを、ここへ呼んでもらった」
晴留の言葉に、瑠璃香は静かに息を吐いた。
ようやく全部が繋がった気がした。
コメント
2件
当事者がどちらも嫌がってるならこの婚約はうまくいかないね。
おお、ついに千紗さんの覚悟がはっきり見えた回だね。「当たり前じゃない!」って即答するところ、マジでかっこよかったわ🔥 良介と千紗の自然な空気感もそうだけど、晴留が動いて清香さんに連絡した流れもちゃんと繋がってスッキリした。晴永さんの覚悟も気になるし、次どう転ぶか楽しみだな!