テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

昼休み。教室の喧騒の中、遥は日下部とほとんど目を合わせられなかった。いつも通りを装っていたつもりだったが、心の中では、昨夜の“あの気配”がずっと燻っていた。


(なんで、あんな顔……見せたんだ、俺)


泣いた自分も、見せた相手も、許せなかった。

それ以上に、日下部の優しさが、まだ壊れていないことが、どうしようもなく怖かった。


だから。


「……ごめん。なんか、気に障るようなこと言ったなら」


日下部がそう言ったとき、遥は一瞬、呼吸を忘れた。


その声は、いつもと変わらない──けれど、どこか、少しだけ距離を測っているような、そんな音だった。


遥は、笑うしかなかった。

喉の奥で、自嘲の笑いが泡のように滲んだ。


「……なんで謝んの、おまえ」


静かに言ったつもりだったが、声はどこか尖っていた。


「謝んの、ずるくね? ……そうやってさ、俺が悪いみたいにすんの」


「……そういうつもりじゃ──」


「じゃあなんのつもりだよ」


もう止められなかった。

日下部の一歩すら、いまの遥には痛かった。

優しさが、地雷だった。

その“優しさ”の正体が、何より怖かった。


──罪悪感?

──贖罪?

──昔、加害してたから?

──それとも……俺が、壊れそうだから?


(違えよ……ちがってくれよ)


「……何が欲しいの、おまえ」


ぽつりと落とした言葉は、半ば無意識だった。


「優しいことして、俺に何、させたいの?」


日下部は答えなかった。

ただ、黙って遥の顔を見ていた。

まなざしが、残酷なほど真っ直ぐだった。


(やめろ、そんな目すんな)


「……俺、おまえに抱かれたいって……ずっと思ってる」


喉の奥に、それが浮かんだ瞬間、遥はゾッとした。

それを言いかけた、という事実だけで、全身が自己嫌悪に覆われる。


(言うな、言ったら……壊れる。終わる)


「……でも言えねぇよ、そんなこと。言えるわけねぇだろ……」


喉の奥で、それだけは呟かれていた。

声にならない、声だった。


日下部はまだ、何も言わない。

沈黙が、どこまでも深くなる。


遥は、目を伏せたまま、指先を握った。

泣いてはいなかった。

けれど、目元は赤かった。

涙は、もう出てこなかった。

出せないように、自分を締め付けて、凍らせていた。


「……どうせ、おまえも……そのうち壊れるよ」


呟いた言葉に、自分自身が怯えた。

願いと呪いが同居していた。


(抱かれたい)

(壊したい)

(壊されたくない)

(守ってほしい)

(消えてほしい)

(殺してほしい)


そんな矛盾が、遥の中で暴れていた。


けれど──日下部は、ただそこにいた。

壊れもせず、遠ざかりもせず。

不器用なまま、遥の近くに。


その“変わらなさ”が、遥にとっては地獄だった。

欲望の罪悪感と、安心の絶望。


次の瞬間、蓮司の笑い声が遠くから聞こえた。


その音だけで、遥の心はまた、深く沈んでいった。



この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚