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CASE 𣜿葉孝明
今まで蔑ろにして来た弟が、死んでも守らなきゃいけない存在になった。
亡くなった両親への、せめてもの償いだと思ったからだ。
薫は俺の大事な家族であり、宝物だ。
俺がもし、死んだ時の場合に備える事が1つある。
PM13:00
現場の昼休憩、俺は近くにあった椅子に腰を下ろし、スマホを操作した。
タ、タ、タ、タ…。
スマホを耳に当て、あの人が出るのを待った。
プルルッ、プルルッ、プルルッ。
プッ。
「お疲れ様です、雪哉さん。今、大丈夫ですか?」
「𣜿葉か?お疲れ様さん。どうしたんだ、お前から電話してくるなんて、珍しいな。」
「はい、実は…。」
俺は先日、病院での出来事と芦間から出された提案
を話した。
「芦間がJewelry Pupilの子供を…。お前、芦間の出した要件を呑むつもりだろ。」
「すいません、俺はやっぱり…。芦間とはケジメを付けなきゃいけないんです。」
「𣜿葉、お前には守らなきゃいけない存在が居るだろ。一緒に連れて行く薫君の気持ちは、考えたの
か。」
「薫は俺が、負ける筈がないと信じて付いて来てくれます。だけど、もし俺が死んだら薫の事を頼んでも良いですか?」
俺がいなくなった後、薫の生活の安全を確保をしなきゃいけない。
薫には俺の通帳やカードを渡してある。
暫くは金には困らないぐらいの額を溜めている。
「俺にはもう、身内は居ません。頼れるのが雪哉さんしか居ないんです。すんません、雪哉さんには組を抜けてからも世話になりっぱなしで。」
「そんな事は良いんだ。俺は組を抜けたとしても、お前の面倒を見るつもりだったしな。𣜿葉、芦間を殺せんのか。暫く、いや殺しの仕事から足を洗ったお前が、人を殺せんのか?」
「はは、現役の人達からしたら腕は落ちましたよ。芦間の事は、俺が殺したい相手ですからね。簡単には死なせませんよ。」
「そうか、分かった。薫君の事は了承したが、お前が死ぬ事に了承はしない。」
そう言って、雪哉さんは通話を終了させた。
「𣜿葉さーん!!コンビニ行って来るっスけど、煙草いりますか!!」
「おー、2つ頼むわ。釣りで好きなの買って良いぞ。」
俺は近寄って来た後輩に、五千円札を渡す。
「マジですか!?あざっす!!すぐに戻って来ます!!」
タタタタタタタッ!!
走り去る後輩の姿を見ながら、煙草を咥えた瞬間。
カチッ。
俺の煙草に火を付けた人物は、芦間啓成だった。
芦間の存在には気付いていたが、ここは職場だからな…。
下手に揉め事を起こせば、雪哉さんに迷惑が掛かる。
見た感じ、芦間は武器を持ってねぇな。
「何しに来た。」
「あ?お前の情けない顔を拝みになぁ?しっかし、現場職って似合わねぇなぁ!!ガハハハ!!」
芦間は下品な笑い方をして、俺を馬鹿にしている。
「殺しの仕事をしてだお前が、昼職?ガハハハ!!なーに、真面目になってんだよ。」
そう言って、芦間は俺に向かって煙草の煙を吐いて来た。
ブチッ。
ガッ!!
芦間の胸ぐらを掴んだまま、現場から離れた場所まで引き摺る。
ドンッ!!
ビルの物陰に移動し、芦間を壁に打ち付ける。
「テメェは何なんだよ!!俺の前に現れやがって。」
「何、怒ってんの?俺等、昔はバディ組んでたじゃん。蔑ろにするなんて酷いなー。」
俺は兵頭会に居た頃、神楽組に所属していた芦間と
バディを組まされていた。
神楽組は兵頭会の傘下に入っていた事もあり、信頼出来ている組の人間同士を組み合わせた。
「芦間、はなからお前とは合わなかったんだ。テメェと出会わなきゃければ、薫に親を殺される所を見せずに済んだんだ。」
「あ?何、腑抜けた事を言ってんだよ。」
ガッ!!
芦間が俺の手を掴み、胸ぐらから手を離せる。
手を掴んだまま、芦間は俺の髪を掴み、地面に叩き付けた。
ゴンッ!!
俺の背中に乗ったまま、芦間は髪を強く引っ張った。
「な、にすんだテメェ!!」
「こっちの世界に染まった以上、身内が殺されてもおかしくねぇだろうが。お前だって、今まで何人殺した?殺した奴等の家族も殺しただろ。今更、甘い事言ってんの?」
「そんな事は分かってんだよ。だから、俺は組を抜けて殺しからも足を洗った。あの時、殺し損ねた事を後悔してんだ。」
そう言葉を吐き捨てた後、右手の甲の大きな刺し傷が目に入った。
6年前ー
パァァアン!!
男の頭に向かって、銃の引き金を引いた。
東京市内にあるヤクザの事務所に発砲音が響く。
事務所の中は飛び散った血で赤く染め、組員の死体達が床に転がっている。
「𣜿葉ー、そっちは片付けたかー。」
鉄バットを持って隣の部屋から、芦間が顔を覗かせる。
「あぁ。」
「お疲れー、こっちに組長が居たから縛り上げといた。雪哉さんの所に連れて行くだろ?ちょっと、連れて来るわ。」
ズルッ、ズルッ…。
芦間に引き摺られた組長は、痛々しい姿だった。
両手の指は全て折られ、両足のアキレス腱も切られている。
顔にも殴られた後があり、気を失ってる状態だ。
「お前が持ち上げて連れて来いよ。俺は車を回して来る。」
「はぁ?いっつも、俺が重いの持ってんじゃん!!たまには𣜿葉が持てよ。」
「宜しく。」
「無視すんな!!」
俺と芦間は、雪哉さんの命令で殺しの仕事をしていた。
神楽組の組長の俊典(としのり)さんも了承済みだ。
雪哉さんにスカウトされ、兵頭会に入った。
世間で言う不良の分類に入っていた事もあり、色々な悪さをして来たんだと思う。
暴走、恐喝、酷い時には相手を殺し掛けた事もあっ
た。
俺は家には殆ど帰らずに、外をほっつき歩いていた。
両親との仲は悪くは無かったが、母親の過干渉から離れたかった。
異常なまでに執着して来た母親は、まるで彼女のような束縛をして来た。
母親から離れてから、裏社会の人達と連むようになった。
芦間とは何かとウマがあった。
同じ仕事をしているからなのか、飲みに行ったりしている。
友人と呼んで良いか分からないが、俺はそう思っていた。
今日もまた、仕事を終えて芦間と飲んでいた時だった。
ブー、ブー。
居酒屋に飲み来ていた俺は、テーブルに置いてあったスマホを乱暴に手に取った。
着信相手は母親からだった。
「あー?誰からだ?」
ビールを飲みながら、芦間が尋ねて来る。
「母親から。」
「あー、あの過干渉の?」
「そう、家を出てから音沙汰が無かったんだけど。」
「面白いから出てみたらどうだ?」
「あ?テメェ、面白がってんじゃねーぞ。」
そう言うと、芦間は笑いながら枝豆を口に放り込んだ。
母親は俺の居場所も、何をやっているかも知らない。
音沙汰が無かったのに、連絡して来た理由も知りたい所だ。
渋々、通話に出てみると、母親の大きな声が聞こえて来た。
「孝ちゃん!!?良かった、電話に出てくれて…。元気にしてる?ご飯ちゃんと食べてる?」
「何か用があって電話して来たんだろ、何?」
「そ、そんな冷たい言い方しなくても…。私は、孝ちゃんの事を心配…。」
「うるせぇな、それだけなら切るけど。」
「ま、待って!!孝ちゃんに弟が出来たの。」
「は?」
弟が出来た…?
信じられんねぇ…。
良い歳した母親と親父がヤッて、ガキが出来たのかよ。
「アンタ等、良い歳して…、何やってんだよ。」
「仲が良い証拠でしょ?私、孝ちゃんが出て行って寂しかったの…。孝ちゃんの代わりになる子が欲しかったの!!先月産まれたのよ。」
「はぁ、それだけ?」
「薫の顔を見に来て欲しいのよ。せっかく、弟が出来たんだから…。」
俺の代わりのガキを作った母親の事を、異常だと思ってしまった。
この人は、こうまでして子供に執着したいのか。
「アンタ、その子にも俺と同じようにすんのか。」
「え?」
「俺が出て行った理由とか考えた事ある?ないよな、ないからガキを作れんだから。その子にも会いに行かねぇし、今日限りで連絡して来るな。」
「ちょ、ちょっとま…、」
母親の言葉を聞かずに通話を終わらせ、ビールを一気に飲み干した。
「お前の代わりにガキ作ったの?」
「そうらしい、顔を見に来て欲しいとさ。」
「ガハハハ!!ま、お前が会いに行かないと決めたなら、良いじゃね。」
「適当だよな、芦間は。」
「真面目に答えた方が良いか?」
「いや、良い。」
芦間の適当さには時々、助けられる事もあった。
だからこそ、芦間とバディを組めたのかも知れな
い。
俺に干渉して来ない男だから。
母親からの連絡が来てから3年後ー
2年前から、芦間と連絡がつかなくなった。
何度も電話をしても繋がる事はなく、神楽組の事務所にも顔を出していないそう。
裏社会の世界では、連絡が付かなくなる事は珍しくない。
殺されて死んだか、金を持ち出して飛んだかのいずれかだ。
俺は1人で淡々と殺しの仕事をしている時、スマホが振動した。
ブー、ブー、ブー、ブー。
「ッチ、うるせぇな。」
乱暴にズボンのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。
表示されていたのは、母親からの通話画面だった。
また掛けて来たやがった…。
黒い手袋を外し、スマホを操作して耳に当てた。
「何だよ。」
「孝ちゃん!?お願い、助けて!!」
母親の慌てている声と、ドンドンドンッとドアを叩かれるような音が聞こえた。
「助けてって、何かあったのか。」
「か、薫がJewelry Pupilだって事がバレて…。ヤクザみたいな人が家まで来たのよ!!お父さんが包丁を持って玄関に居るのよ!!お願い、助けに来て!!」
Jewelry Pupil…?
世界に数人しかいないJewelry Pupilか?
雪哉さんも言っていたが、裏社会の人間達が血眼になって、Jewelry Pupilを探してるって。
恐らく、Jewelry Pupilの居場所を掴んだ連中が、家に押し掛けて来たのか。
「私達はどうなっても良いの、だけど…。薫だけは助けてあげて!!お願い…、薫だけでも…、生かしてあげたいの!!孝ちゃんにしか頼れないの…。」
その言葉を聞いて何故か、俺は薫の元に行かないといけない気がした。
母親の言葉を聞いてではなく、本能がのそう言っている。
「分かった、今から行く。」
急いで電話を切り、俺は車に乗り込んだ。
スピード上げ、東京市内にある実家に向かった。
キィィィ!!
𣜿葉と書かれた表札のある一軒家の前で車を乱暴に止め、銃とナイフを持って玄関を開けた。
バンッ!!
ビチャッ。
玄関の床に赤い血溜まりが出来ていた。
視線を辿って行くと、廊下で倒れている親父の姿を見つけた。
背中に包丁が刺さっていて、何度も刺された跡があった。
「親父…。」
リビングの扉の前に掻き集めた家具が置かれていたが、乱暴に蹴散らされていた。
母親達はリビングで隠れていたのか。
カチャッ。
銃を構え、ゆっくりとリビングの中に入って行く。
目に飛び込んだのは、小さい男の子を抱き締めて死んでる母親の姿。
そして、怠そうに煙草を吸っている芦間の姿だった。
「あ?𣜿葉じゃん。」
「テメェ、何してんだ。」
「何って、仕事だよ。あ、俺、もう神楽組の人間じゃねーんだわ。」
カチャッ。
芦間はそう言って、俺に銃口を向けた。
「お母さん、お母さん!!」
「あー、うるせー。新しく入った組の頭から、Jewelry Pupilのガキを攫って来いって言われてんだよなー。目玉さえ手に入れば、殺しても良いか。」
俺から視線を外した芦間に向かって、ナイフを投げ飛ばす。
プスッ!!
投げたナイフは芦間の肩に刺さり、俺は小さな男の
子の方に向かって走った。
綺麗なパープルスピネスの瞳が、俺の姿を捉えた。
「もしかして…、お兄ちゃん?」
「お前、薫か。」
「うん。」
薫の視線に合わせるように腰を低くくし、声を掛ける。
「母さんの頼みで、お前を迎えに来た。」
「僕を…?迎えに来てくれたの?」
「おいおーい、𣜿葉。俺を無視してんじゃねーよ。」
タッ!!
芦間は俺の方に向かって走り出し、ナイフを刺そうとして来た。
俺と芦間は揉み合いになり、床に倒れ込んだ。
ドンッ!!
芦間が俺の顔にナイフを刺そうとして来たのを右手を突き刺さし、ナイフを動きを止めた。
プスッ!!
右手から激痛が走るが、俺は左手で隠し持っていた
ナイフを取り出す。
そして、芦間の左側の脇腹にナイフを何度も突き刺さす。
プスッ!!
ブシャッ、ブシャッ!!
芦間の脇腹から血が噴き出す中、脇腹に向かって左拳を思いっきり脇腹に入れる。
ドカッ!!
「ガハッ!!」
よろめいた芦間の腹に前蹴りを食らわせ、距離を引き離した。
右手の甲にナイフが刺さったまま、立ち上がった。
その時、家の外からサイレンの音が鳴り響く。
「警察か、仕方ねぇー。今日の所は引いてやるよ、𣜿葉。また、会おうぜ。」
そう言って、芦間は早足でリビングを出て行った。
薫の体が大きく揺れ、その場に倒れた。
「薫!?おい、しっかりしろ!!」
体を揺らしてみるも、起きる反応が無かった。
気を失ってるな、ここに居てもまずいしな…。
俺は薫を抱き上げ、実家を後にし車に乗り込んだ。
急いで兵頭会の本家に行き、雪哉さんに事の経緯を話す事にした。
闇医者の爺さんに薫を見て貰っている間、雪哉さんと話しをしていた。
「芦間が裏切ったって事か、𣜿葉の自宅を襲いJewelry Pupilの誘拐…。芦間が新しく入った組長は、椿会だろう。奴がやりそうな事だ。」
「椿会って、うちの組と敵対してましたね。」
「𣜿葉、これからどうすんだ。弟の面倒を見るのか?」
「…、実感が湧かないんですよね。親の死体を見ても、正直な所…、何も思わなかったんです。普通なら、ショックを受ける所なんですが。」
言葉にしてみると、本当に薄情な人間だと思う。
薫の事だって、弟と言う実感がない。
「おーい、診察を終えたぞー。」
ガラッと襖を開け、部屋に闇医者の爺さんが入って来た。
「お前さんの弟、もしかしたら今日の事は覚えておらんかもしれん。精神的ショックが大き過ぎて、記憶障害を起こすやもしれん。」
「記憶障害…。」
「まぁ、怪我も無いし。記憶障害と言っても、今日の出来事だけを忘れる程度じゃ。その方が、この子にとっても都合が良いじゃろ。」
「ありがとうございました。」
そう言って、金を入れた茶封筒を爺さんに渡す。
「じゃあな。」と言って、爺さんは部屋から出て行った。
「お兄ちゃん。」
隣の部屋から目を擦りながら、薫が歩いて来た。
そして、薫は俺に抱き付き、そのまま眠ってしまった。
暖かい薫の体温を感じながら、抱き締め返す。
俺の中で新しい感情が生まれたのが、ハッキリと分かる。
初めて薫に会ったのに、愛おしいと言う感情が溢れた。
この子を守らないといけない。
誰にも傷付けさせないように、誰にも奪われないように。
こんな気持ちを抱いたのは、初めてだった。
薫を守る事が、亡くなった両親への償いになると思った。
死んだ事を悲しまない息子で、ごめんな。
だけど、2人が必死で守った薫は守って行く。
薫は両親が殺されていた事を忘れていなかった。
俺の住んでいるアパートに薫と住む事にし、出来る
だけ側に居るようにした。
薫との生活は、俺達の空いた隙間を埋めるようだった。
中性的な見た目の割に、気の強い性格の薫。
俺の為に料理を作って、テーブルで寝てしまう薫。
俺の事が大好きな薫。
薫を守る為、側にいる為に組を抜け、昼職を始めた。
辞めた事を後悔していない、雪哉さんは辞めてからも面倒を見てくれた。
だが、芦間のした事を許す事が出来なかった。
俺と芦間は、どこかでケジメを付けないといけない関係だ。
俺は…、芦間を恨んでいるんだ。
薫にトラウマを埋め付けた芦間の事を。
そして今に至る PM.13:30
「芦間、安心しろよ。お前の事を殺すのは、俺だ。首洗って待ってろ。」
「ガハハハ!!そうだよなぁ?お前はそうでないとなぁ!!」
芦間は俺の体から手を離し、背を向けた。
「俺はお前を殺して、リンと生きるぜ。」
リンって、あの子供の事か?
何で今、その子の名前を出したんだ?
「俺はリンを幸せにしてぇんだよなぁ。その為にお前等が邪魔なんだよ。」
初めて見せる芦間の表情に戸惑ってしまった。
アイツが誰かを大事に思う事なんて、無いと思っていたからだ。
「俺達が邪魔って、どう言う意味なんだ。」
「お前と俺はやっぱり、出会うべきじゃなかったなぁ。」
そう言って、芦間は物言いたげな顔をして歩き出した。