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知らなかった。
「遥輝……」
彼の家庭事情、彼がどんな風に私を思ってくれていたか。
私は何も知らなかった。
私の目の前で映し出されていた遥輝の過去は、シャボン玉のように私の周りに浮いている。それを覗けば、彼の過去が他にも見えた。彼の努力とか、私との出会いとか。
本当に色々、彼がどう思ってどんな風に生きてきたのかとか。
私はそのシャボン玉の一つに触れる。
「……謝らなきゃ」
ぽつりとでたのはそんな言葉だった。
謝らなきゃいけない。
それは、別れようって言ったことかも知れないし、もっと色々、好きって言ってくれてありがとうとか、好きでいてくれてありがとうとか。それを全て知らずにごめんなさいとか。
謝罪の言葉は溢れて止らなかった。
今すぐ、遥輝に会ってこの思いをどうにかしたい。
矢っ張り、彼の暴走は私のせいじゃないかと。
「遥輝も、私と似たような思いしてたんだ……」
家族のこと。
私とはまた違うけれど、彼の家庭も大概だった。毒親と言われるような母親に無関心で遥輝を格下に思う父親。その二人に見下されないよう、自由になりたくて完璧を求めた遥輝。そのせいでちょっと人と感覚がずれているというか女子に対して冷たいのも納得ができた。
自分に興味がないから私の事を好きになった。確かに、遥輝ならそう言うのだろう。彼の口から聞いたときは衝撃だったが、それでもそんな風に好きになったのに、私のことをずっと好きで居続けてくれた彼に。
「酷い事言って、傷つけて……」
謝りたいよ。
私はそう呟いて、またがむしゃらに暗闇の中を走る。前へ行けば行くほど、遥輝の記憶は新しいものになっていき、私と過ごした日々のことがシャボン玉に映し出される。
彼とは確かにデートという感じのものはしたことがない。でも、一緒に映画を見に行ったり、アニメショップにはいったりした。けどそれはデートだと私は思っていなかったわけで、私と遥輝の考え方というか価値感は大分違った。
私が彼を映画に誘った理由もデートではなく、特典が二人分欲しかったから。
本当に最低だと思う。あの時の私は幼稚で、周りのことが見えなさすぎた。遥輝の事なんてちっとも考えていなかったから、そんな行動が取れたんだと思う。
そうして、特典が毎週違うからって毎週のように連れて行って、それでも遥輝は黙って私についてきてくれた。デート感覚だったのかも知れない。でも私の趣味を押しつけているだけだった。
私は推しやアニメについて語ったが、遥輝に好きになってもらおうとは思わなかった。確かに見て欲しいってすすめたことはあったけれど、彼はそこまで興味を持たなかった。なのによく、四年も付合ってたと思う。
あまり言葉には出さなかったけれど、彼は私がアニメとかの話をするたび嫉妬したみたいな、拗ねた顔をしていた。今となってはそれがよく分かる。
本当に何故彼が私に飽きなかったのだとか不思議で仕方がない。
「……私は」
じゃあ、私は如何なのだろうか。
友達とも知人ともまた違う遥輝を、私はどんな風に思っていたのだろうか。さすがに、話し相手……見たいな冷めた考えはなかったけれど、矢っ張り隣にいてくれることが当たり前になってからは、普通に話せるようになったし、それこそ男友達みたいな関係だったのかも知れない。まあ、友人が少ない私にとって遥輝はまたそういう存在ではないのだろうけれど。
悪い気はしなかった。
好きかどうかは分からなかった。
それは、彼とちゃんと向き合っていなかったから。
(でも、凄く胸が苦しい……こんなに好いて貰えて、愛されていて、それに気付けなかった、傷つけたこと)
私は足を止めた。
この胸の痛みは何だろうと。
遥輝が苦しんでいるのは自分のせいだという罪悪感からか、はたまた違うものか。私には分からなかった。
すると、近くでとぷんと水が跳ねる音が聞えた。顔を上げれば、そこには小さく身体を丸め座っている遥輝の姿があった。
「はる……」
「俺は、本当に巡の事が好きだったんだ」
と、ぽつりと零す遥輝。
彼が本物の遥輝なのか、はたまた過去とか幻覚とかそういう遥輝なのか私には区別ができなかった。でも、先ほど見せられた過去とはまた違う気がして、私は一歩、また一歩と歩み寄った。
「お前の趣味は知っていた。お前が俺の事、好きじゃないことも、男として、まして恋人として見ていないことも。それでも、初めはいいと思った」
遥輝は、私に背を向けたまま話す。その声は、震えていた。
直感で、彼は本物の遥輝だと私は歩み寄る。
「けれど、愛したいという思いが膨らめば膨らむほど愛して欲しいと見返りを求めるようになってしまった。巡に笑顔を向けられたい、俺だけを見て欲しい……と」
遥輝は私の方を向いた。虚ろな赤い瞳が私を捉える。
「そして、俺はそんな自分が嫌になった。この底知れない欲がお前を傷つけたらどうしようと思って。お前が傷つくのが嫌だと……いや、俺自身傷つくのを恐れていた。なのに、俺は――――」
「遥輝は、悪くない。私が」
私はそう口を開いていた。
遥輝はぴたりと身体を止め、私を見つめる。まだその瞳にしっかりと私がうつっている感じはしなかった。まだ、何かを疑っているような。私がここにいることが信じられないとでも言うような顔。
「……俺は、お前の推しとやらに転生した。そうして、お前もこの世界に……初めのうちはお前が側にいるだけでよかった。また、恋人に戻れたらと淡い期待を抱いていた。だが、俺は、お前が他の男と喋っているのが気にくわなかった。許せなかった。俺に向けてはくれなかった笑顔を、怒った顔だって、全て」
遥輝は、まるで懺悔するかのように語りだした。
それは私に聞かせるというよりは、独り言のように聞こえた。
悲しみの中に怒りが見えて、嫉妬が見えて、彼が自分を抑えながら話しているのは明確だった。きっと、凄く自分を抑えてきたんだと思う。彼が、自分の完璧に囚われているのなら。
けれど、それも限界があった。彼もただの人間だから。
完璧なんかじゃない。
「俺はお前の全てが欲しい、奪って、奪って……俺だけのものにしたかった」
そう言って、私の方へと手を伸ばす遥輝。
彼の腕が私の肩に触れそうになったとき、私は反射的に後ろへ下がってしまった。その行動に、遥輝は目を見開く。
「やはり、お前は俺の事が嫌い何だな」
「嫌いじゃない……」
私はそう返す。
いつの間にか、自分の姿がエトワールではなく天馬巡に戻っていたことに驚きつつも私は彼と目線を合わせる。床なのか水なのか膝がつけばそこから波紋が広がる。
「嫌いじゃないよ」
「なら――――」
どうして? とでも言いたいのだろう。嫌いじゃないなら、好きなのかと。
けれど、遥輝の言葉は続かなかった。
私はそっと彼の頬に手を伸ばし、優しく撫でると遥輝はその手を掴んで引き寄せようとした。しかし、それをやんわりと拒否するように私は首を横に振るう。
「遥輝、このままじゃいけないよ。私達はずっとこの場所にいることはできないし、そんなのかなしいだけだよ」
ヒロインならそう言うだろう。
優しいヒロインなら、遥輝を全て受け止めて包み込むだろうと思った。別に今の言葉が嘘じゃない。ここにずっと居ても良いこと何てないってそれは私でも分かる。けれど、遥輝は顔をしかめた。
「お前が俺を嫌うなら、俺はここにお前を閉じ込め続けるだけだ。そうしたら、いつかお前は俺だけを見て俺の事を好きになってくれるだろ?」
「そんなことしたら、嫌いになる」
「……別にいい」
と、遥輝は言う。
だが、全然いい。という感じではなかったし、寧ろ苦しそうに眉をひそめていた。
彼だって分かっているはずなのだ。
「一緒にここをでるの。それで、二人でこれからの事考えよう。そして、ちゃんと向き合ってお互いを知っていこう。遥輝の事知りたいし、私も遥輝に私をもっと知ってもらいたいから」
違う。こんな言葉じゃない。
遥輝は虚ろな瞳を向け続け、ハンッと鼻で笑う。
「お前の事はよく知っている。知らなければならないのは、俺の事だろ。お前は俺の事何も知らない」
「し、知らない……そう、そうだね……私はアンタと向き合えなかった。向き合おうともしなかった」
責められている気持ちになった。でも、当然の報いだった。
冷たい瞳が私を射貫く。私には、その視線に耐える事はできなかった。思わず俯けば、遥輝は私に近づき耳元で囁いた。
――俺を愛せ。
ぞくりと背筋が凍った。
私は咄嵯に逃げようと後ずさるが、すぐに背中が壁にぶつかる。先ほどまでなかった壁。
まるで私を逃がさないとでもいうように現れたそれに恐怖を覚えながらも、遥輝を見れば彼は私にゆっくりと近づいてくる。彼の姿はいつの間にかリースに戻っており、私もまたエトワールの姿に戻っていた。
どういう仕組みなのか分からなかったが、私に逃げ場がないと言うことだけは理解できた。
「俺を愛してくれ」
「……」
「……巡?」
「――――いや」
私ははっきりと口にした。
リースの顔が歪む。
私は、怖かったし震えていたけど、それでもはっきりとそれを口にした。
「いや、絶対嫌。それに、リース様はそんなこと言わない」
私は、真剣に、そして挑発する意味も込めてリースに、遥輝にそう言った。