「いや、絶対嫌。それに、リース様はそんなこと言わない」
「何だと?」
私の言葉にリースの姿をした遥輝はぴくりと反応した。そして、不快だと言わんばかりに眉をひそめる。
「だから、リース様は、私の推しはそんなこと言わない。リース様は冷酷無慈悲で、攻略が一番難しいキャラなの。ヤンデレでも、俺様でもない」
私の言葉が理解できないとでも言うように、リースは首を傾げた。
彼が理解できないのも無理はないと思う。けれど、私はそれだけは言いたいと思った。
確かにリースの中身は元彼の遥輝で、彼がどれだけ私のことを好きかも知っているし、どういう意味でどういう思いで私に迫ってきているかも知っていた。でも、私の大好きな推しリース様で言われたんじゃ響かないというか、解釈違いだと。リース様はそんなこと言わないし、ヤンデレでも俺様でもない。
自分を愛せとは、思っていても言わないはずなのだ。
だから、解釈違いだと彼に言う。
「リース様はね、本当に攻略するまで大変なの。心を開いてくれるのは物語序盤ぐらいだし、好感度だって上がりにくい。それに遥輝以上に女嫌いなの。女性嫌いで子供も嫌いで、心がないのかってぐらい冷たい人なの。でもその冷たさの中に優しさもあって、ヒロインに絆されてだんだんヒロインのことが好きになって……滅多に笑わないし、笑った顔はレア中のレア! 自分の思いはあまり口にしない、そこがクールで格好良くて最高なの! だから、ほんと、今のアンタは解釈違い!」
ビシッとリースを指さした。
姿形は推しのリース様だが、中身が元彼、遥輝。遥輝の全てがリース様に投影されすぎて、もうコスプレにしか見えないのだ。
遥輝は、まだ理解できないとでも言うように私を見つめる。
「だから、いや。今のアンタに『俺を愛してくれ』何て言われても愛せない。リース様だったら揺らいだかも知れないけれど」
「だから?」
「その姿と顔で、愛を語らないで」
私が言えば、遥輝は目を丸くした後ハハッと嘲笑する。
「何……?」
「本当にお前は、ズレたことを言うな。お前の推しとやらの話はわかった。お前が二次元から抜け出せず理想の男を夢見ていることも……だが、所詮二次元のキャラクターは現実世界に出てこない。お前の思いが通じることもない」
と、遥輝は私に一歩近づく。
私は思わず後退り、壁に背を預ける形になる。逃げられない。そう思った。
けど、これ以上私も逃げる気はなかった。このまま逃げていても何にもならない。遥輝と向き合うって決めたのだから。
私はグッと拳を握る。
(大丈夫よ。平常心、平常心……)
「だったら何よ」
「夢を見るのも大概にしろ」
「……アンタがそれを言う?」
その言葉に私は顔をしかめた。
なら、遥輝は如何なんだと私は言い返したかったが言葉をグッと堪えた。言ったところでまた堂々巡りになるだけだ。これでは意味がない。
「そんな私をアンタは好きだったんでしょ?」
そうきけば、遥輝は私から視線を外す。そして、小さく舌打ちをした。
私はそれにムッとする。なんでこっちが悪いみたいになっているんだろう。別に私は悪くないのに。
「そうだ……お前が二次元とやらを好きなのも知っている。知った上で好きだった」
「じゃあ、どうして」
「うるさい。お前は俺だけを見ろ。他の男なんて見るな」
「だから、それは……」
無理だと言う前に、遥輝に腕を掴まれた。そしてそのまま引き寄せられる。彼の手を振り払おうと抵抗したが、無駄に終わる。私の力など、遥輝にとっては赤子の手を捻るようなものだったらしい。
ぐいっと引っ張られれば、バランスが崩れて私は床に転げそうになった。しかし、そんな私を支えるように遥輝が私の腰に手を当てて抱き寄せた。
「ちょっ、離して」
「断る」
私の言葉を一蹴し、遥輝は私の首筋へと顔を埋めてきた。生暖かい感触が肌に触れて、私はゾクっと体を震わせる。
「ずっと、こうしていたい」
「……嫌だ」
ドンッと私は彼の胸板を押す。拒絶されると思っていたのか、案外すんなりと彼から離れることができた。
「何故、なんで俺を……俺はこんなにもお前のことを思っているのに?」
「……それは十分伝わってる」
私がそういえば、遥輝は悲しげな表情をする。
その顔を見て罪悪感を覚えた。確かに、彼は私のために色々と尽くしてくれた。
遥輝が苦しそうに私を見ると、彼の後ろで棘がうごめいた。それがまるで泣いているように見えて、私は目を細める。
私は、遥輝が嫌いじゃない。むしろ、好きだ。遥輝のことは嫌いになれない。けれど今の遥輝は受け入れられない。
「どうして、何故――――!」
彼がそう言った瞬間、遥輝の後ろの棘が私めがけてもの凄いスピードで伸びてくる。
私は間一髪の所で避けると、棘が刺さったところにヒビが入っているように思えた。暗闇でしっかりとそこに攻撃のあとが見える。あれに当たっていたらただでは済まなかっただろう。
(あの時と一緒……)
まるで、遥輝に触れさせないとでも言わんばかりに棘は彼を守るよう、また私を敵として認識しているようで、私に攻撃を仕掛けてくる。刺々しい黒い棘は所々黒い薔薇が咲いているように見える。
私はグッと唇を噛む。
今の遥輝には何を言っても通じないとわかった。
(なら、やるしかない)
私はゆっくりと深呼吸すると、覚悟を決めた。
遥輝を傷つけることになってしまうかもしれないけれど、仕方がない。今ここで遥輝を止めなければ、もっと被害が出てしまう。それだけは避けたかった。
それに、これは私が望んだことでもあるのだ。だから後悔はない。
(大丈夫、できる)
そう自分に言い聞かせると、私は遥輝に向かって駆け出した。
先ほどのように遥輝に自分から近付いて、言葉をかけ続ける。ヒロインが言うような包み込む温かいものじゃない。私の言葉はきっと彼を傷つけかも知れない。それでも、私は伝えなければならないことがあった。
私は魔法で光の剣を作り、棘を裂きながら前へ進んだ。棘はすぐに再生し私の行く手を阻む。切っても切っても切りがなかった。それでも、着実に彼に近付いている。
あと少し……そう思った矢先だった。突然足元に何かが絡みつく感覚があった。しまったと思った時には遅く、足を引っ張られて私はその場に転んでしまう。その拍子に魔法が途切れ、剣が消えてしまう。
私は慌てて起き上がろうとしたが、遅かった。
目の前にいたはずの遥輝の姿はなく、変わりに私の周りを囲うようにして茨が伸びていた。それはあっという間に私を閉じ込めるように巻き付き拘束する。
チクリと皮膚に刺さる棘。傷口から血が流れ出す感覚があった。
「何故、俺に刃を向ける? お前が攻撃をしなければ、お前は傷つかずに済むんだ」
「ははっ……まるで、悪役みたいなこと言うのね」
「……」
遥輝は黙り込んだままだ。
遥輝の今の姿は攻略キャラでも推しのリース様でもない。ただの悪役に見えた。
だが、この世界での悪役は私だった。エトワールなのだ。だから、彼に負けるはずがないと、変な自信があった。
(まあ、それが嫌でずっと嘆いていたんだけど……)
エトワールに転生したとき、なんで自分が悪役にって思った。推しのリース様に会えると思ったら中身が元彼で。それから、攻略キャラと関わっていく内に、攻略キャラが理想としていた男性じゃなくて、辛いことだらけで、悪役の名の通り何もしていないのに嫌われて。散々だった。
でも、確かにそこに生きていて、私は楽しいと思った。
「もう、抵抗するのはやめたらどうだ?」
「いや。絶対嫌……!」
「何故だ?」
と、遥輝は呆れたように聞く。
抵抗するのをやめたら遥輝を救えないし、こんな所にずっと閉じ込められている気はない。私を裂きにといかせてくれたアルベドや、ここまで送ってくれたブライト、リュシオルやアルバ、トワイライトのこと。だから、諦められない。守りたいものも、帰りたい場所もあるから。
それは、私一人で帰る場所じゃないけれど。
「質問ばかり」
「……」
「遥輝は、なんでそんなに私に質問ばかりするの? 私の言葉が欲しい? 好きだっていって欲しいの?」
「そりゃ、勿論」
「無理矢理言わせて、嘘の好きを伝えられて嬉しい?」
私がそう言えば、遥輝は押し黙った。
彼がこんなに我儘だったというか、理想家だったのは意外だった。でも、そこが少し可愛いとも思えてしまった。完璧な彼氏より、欠点のある彼氏のほうが私は好きだ。遥輝としか付合った事ないし、人見知りで女性にすら話しかけられない私でも、完璧より欠点のある人間らしい人の方が好き。
「アンタ、思った以上に我儘なんだね」
「……!」
そういえば、強く刺さる棘。
私は苦痛に耐えつつも、塞がっていない手で魔法を作り出す。まばゆい光が手の内から漏れ、黒い棘をパラパラと灰にしていく。
遥輝は、私の拘束が解けたことに焦ったのか、背後から棘を伸して攻撃してくる。私はそれを察知し、咄嵯に手のひらを前に突き出した。すると、そこから光の盾が現れ、遥輝の攻撃を防いだ。
「ッチ……」
遥輝は私の魔法から目を背けつつ、距離をとる。
私はゆっくりと立ち上がると、そのまま魔法を遥輝に向かって放つ。今度は棘ではなく、炎が彼を包む。
私はその間に剣を作り出し、遥輝の元へ駆け出した。
そして、剣を振り下ろす。遥輝は茨を鞭のように使い、剣を受け止めた。
「往生際が悪い……!」
「私、怒ってないから」
「何?」
遥輝と剣を交えつつ、私は彼に言う。
彼は何のことだか分からないと言わんばかりの表情をしていた。
私は剣を握る手に力を込める。
「アンタがチケット破ったこと、もう怒ってない!」
そう言いながら、私は遥輝の鞭をなぎ払う。
「……ッ」
「だから、アンタもいい加減に!」
私は声を上げながら、遥輝に向かって剣を振り下ろすフリをして私は剣を投げ捨てた。予想していなかったのか、遥輝は目を丸くする。
私はその隙を突いて右手を振り上げた。
「私と向き合いなさいよ!」
私の右手は彼の左頬に直撃した。
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