※バットエンド注意
いつだったか、友人が夜を酷く怖がるようになったのは。
「……もうちょい話しててもいいか?」
「いいけど……もう夜二時過ぎてるだろ?さすがに俺も、そろそろ限界……」
これが小学生の頃だ。中学、高校なら昼夜逆転もなくはないだろう。ただ、アイツの場合、それが小さい頃からで、付き合う俺はよく睡眠不足になった。
幼馴染で、親友だと俺は思っている。アイツが俺のことどう思っているかは知らないけど。
アイツが俺に言えないことがあることも、アイツが変なところで感が鋭いのも、夜じゃなくて寝ることを怖がっていることも知っている。
知っている上で、知らないフリをしているんだ。
俺も、アイツに言えないことがあったから。
ずっと昔、人を殺したことがあった。
違法な借金取りで、親が俺のこと売ろうとして。正当防衛だった、子供だからって警察は言うけど、その感触が今でもフラッシュバックするんだ。
あれ以来、ずっと分からないままなんだ。
なんで人殺しでも生きることが許されるのか。
そもそも人を殺して、正当防衛ってなんだ。
人を殺してはいけない理由って、なんだ。
人殺しはいけない。それは分かるのに、それが何故なのかは俺たちは知らない。
ずっとずっと分からないままで、気が狂いそうなんだ。
俺もアイツも、自分のことで手一杯だ。だからお互い適度な距離感を保ちつつ、ずっと付き合いを続けていたんだ。
過度に相手と一緒にいない。相手が話すまで何もしないし、何も言わない。
アイツも、その距離感が心地良かったのだろう。いつしかそれが暗黙のルールになっていた。
ピンポン、と珍しくチャイムがなった。
郵便を送ってくるような人はいないし、何も頼んでいない。よって、俺の家のチャイムを鳴らすのはセールスのやつが大体を占めていた。
たまーに親友がくるので、毎回ドアを開けるのだが。(俺の家に録画機能や会話機能のついたチャイムはない)
……ここでドアを開けなかったら、未来は何か変わったのだろうか。
「はーい、セールスならお断りですけど」
「いやいや、ただツキハライクトさんにお話しがあるだけですが」
「セールスマンって大抵そういいますよね」
「まさか。ワタクシは人殺しであるあなたに取材を申し込もうと……」
「!!」
わざと、人殺しを強調した。一体何処からその情報が漏れたんだ?
「……アンタ、何が狙いだ。金ならねぇぞ」
「それは困りますねぇ。なにしろあなたのご両親、息子さんの財産を担保にされてますから」
「?!」
何のために家を出て縁切ったと思って……!そもそも俺を人殺しにしたのはお前らなのに……!
「本当に何もないのか、ご友人やあなたの会社に伺ってもいいのですが……」
親友には、知られたくない。やっと普通に慣れてきたところだったのに。フラッシュバックも少なくなってきたのに。
「ッ……、中へどうぞ……」
「おやそうですか。では、遠慮なく」
ずっとずっと分からないままなんだ。
人殺しが生きてもいいのか。こんなに幸せになっていいのか。夢を描いてもいいのか。
分からないフリをしていただけなんだ。
幸せを作った後、また壊されるのが怖かったから。
答えはシンプルで、かつ簡単だった。
やっぱり人殺しは人殺しで、幸せになる権利なんてなかった。
幸せを願ってしまったなら……幸せな生活を築いてしまったなら。
それをどんなことをしても守りたいと思うのは、おかしいことなのか?
「お茶、淹れますから大人しく座って待っていてください」
キッチンに入って、包丁を探す。
男は大人しくするわけもなく、俺の家の中を舐めまわすように、値踏みするように歩き回っていた。だから、アイツが気付くはずもない。
震える手で、俺は、包丁を、……。
「イクト、いるか?いたら返事してくれ」
「ムーマから家くるなんて珍しいな。どうかしたのか?」
「……お前、大丈夫か?なんにもないのか?」
「はい?何にもないけど。ムーマこそ急に来るなんて何かあった??」
「……い、いや。ちょっとお前が心配になって……虫の知らせ?的な……」
……本当、どうして今来るんだよ。
「ッハハ、なにそれオモシロ。あ、そうだ。せっかく来てくれたし、上がれよ」
いつもと同じ調子で、俺は言った。きっと、アイツにはどう頑張っても知られてしまうだろうから。
「じゃあ、お邪魔して……、!!」
リビングに上がったアイツは絶句した。そりゃそうだろうな。不自然なほど赤く染まった床と、生臭い鉄の匂い。そして、そこにある死体。
「ッ、…………!」
「お前、変なところでカン鋭いよな」
今も、泣きたいのを我慢して笑う。せめて、アイツが俺のことを嫌ってくれるように。
人殺しを演じなきゃな。
「……ごめん」
「本当だよ。気付くならもっと早く気付けよ。そしたらお前も、コイツも、殺さなくてよかったのに」
違う。謝らなきゃいけないのは俺の方なんだ。
俺、お前と一緒にいちゃいけない人間だったんだ。
「ごめん……!」
「……俺、お前と未来で笑いあいながらずっといい友達でいたかったんだ。その夢は叶いそうもないけどな」
俺の言葉に、アイツは何かに気づいたように目を見開いた。
俺が話せないことがあったように、アイツの話せないことと何か関係があったのかもしれない。
「ごめん……!!」
なんで謝んだよ。悪いのはどう考えても俺だろ。
「……俺の方こそ、ごめんねムーマ」
「俺、お前のこと、殺せそうにないわ」
病院で、俺は一命を取り留めた。
人を殺してはいけない。
だって、人を殺すことは自分を殺すことだ。悲しくて、辛くて、苦しくて、涙が止まらなくなるから。
それが近しい人であればあるほど。
「……俺のせいなんだよ。俺が夢見たから、お前が、死にそうになったんだよ」
道は、二つに別れた。
「生人(イクト)。俺、お前と一緒にいちゃいけない人間だったんだ。いや、そもそも生きちゃいけなかったのに、夢見たから」
そんなん、俺もだよ。
「あのとき、お前が俺を殺してくれた方がよかった。俺もお前も、こんな生き地獄が続くなら」
……そう。生き地獄だ。死にきれなかった。俺もお前も。
「……さよならだ。もう来ねえよ」
ああ。俺もそれを願うよ。
死ぬことでしか報われない、バットエンドが絶対的な俺らが、幸せになれる未来はあったのか?
コメント
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これ、前回のお話と繋がってたんですね!お互いの立場を使ってお話を書くってすごい!