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「ときおり──」
「お待たせ!! 人の子とお茶ができるなんて嬉しいよ!」
空気をぶち壊すような声量でベルナール様はやってきた。私とアルベルト様との距離に小首を傾げるもすぐに何か察したのか、嬉しそうだ。
「ラフェドも絆を結びたいの? だから求愛している?」
「ち、違う!」
「そうなの? 君は僕と一緒に居て平気? 近づいても精神圧を感じてない? 大丈夫?」
ベルナール様は私を気遣うように目を潤ませる。心配するその姿はやっぱり可愛らしくて、小動物のように見えた。平気だと思ったが、念のためステータス画面を表示させて見る。先ほどのような影響はない。
「うん、私は貴方……ベルナール様と一緒でも平気みたい」
「人の子と一緒にお茶を飲むのが僕の夢だったんだ。でも僕、無自覚に精神圧を掛けているみたいで、脆弱な存在はすぐに死んじゃう。だから君が僕に立ち向かって戦ったこと、僕と対等になろうとしたことが凄く嬉しい! だから僕は君と絆を結びたい。家族になりたい」
鼻先を押しつけるように前に出してくる。これは撫でろと言うことだろうか。なんとなく子犬や子猫が甘えるように、頭を擦りつけてくるようなイメージが浮かんだ。それを騒動すると可愛らしい。
ドラゴンの鼻先を撫でると、鱗がツヤツヤですべすべな感じだった。あと少し温かい。
「ぐるる。好き。家族になりたい」
「ベルナール。少しは落ち着け。そしてさっさと珈琲を寄越せ」
そう言ってアルベルト様は割り込んで来た。
「あ。ごめんごめん。人の子から鼻先を撫でてもらうのも、夢だったから嬉しくて、つい」
ベルナール様は陶器のカップをテーブルに置くのも手慣れていた。人間よりも手が大きく爪も長いのに、器用なものだと感心して見てしまう。
陶器のシンプルなマグカップは、カンナで一本一本削いで模様を付けたようで、手作り感満載なのが可愛らしい。色は白、紺、緑とある。調度品は勿論、ベルナール様は良い趣味をしているようだ。
「今回はどこ産のマメだ?」
「あー、流星豆で高級品だよ」
「そうか」
二人の会話も気になったが、一番の問題は出された珈琲だ。確かに珈琲独特の香りはするが、マグカップに注がれたのはどう考えても豆乳あるいは牛乳のような白い液体だ。自分の目がおかしくなったのかと思ってしまう。
「どうした? 飲まないのか?」
「あ、ええっと珈琲って、この国では真っ白なのですか?」
「え?」
「いや本来は白くない。お前の目が腐ったわけじゃないから安心しろ」
「言い方!」
「良いから一度飲んでみろ。謎が解ける」
恐る恐る口にすると確かに珈琲の味がした。ただ何というか香りも味も薄っぺらい。私の知る珈琲をかなり薄めたような感じだ。
「……んん、珈琲……?」
「お前のいたフォルトゥナ聖王国は鎖国状態だが、国内では春夏秋冬の季節がしっかりとあっただろう?」
「はい」
「それは三女神があの国に加護と寵愛を与えたことで得たものだ。緑豊かで季節は巡り、魔物を呼び寄せない。閉じた世界。それを継続するために定期的に行われる一年限りの茶番劇。王子と異世界から来た聖女、悪役令嬢との断罪劇こそが魔法術式装置として組み込まれていた」
詳しく聞くとフォルトゥナ聖王国で魔法が使えなかったのは、国民全ての魔力を三女神が吸い取って結界に回していたこと。そして断罪イベントの元々の原作は悪役令嬢を捧げ、その後の戴冠式に炎を灯すことで国民の魔力を結界に反映させるための儀式だったそうだ。
生贄がいつの間にか悪役、そして令嬢になったのは、【花嫁】という人身御供が形を変えて未婚の令嬢という形に伝わったとか。
「無辜の令嬢だと後味が悪いから、悪役にすることで断罪しやすい設定に書き変わったんだろうな」
(私生贄だったの!? 何それ怖ッ!)
「そういうわけで、あの国以外は季節の固定化が難しい。なにせ季節の神々が軒並みやらかしてくれたからな。今は封印しているんだ」
「封印!? 何をやらかしたの!? 怖い!」
「あー、何度か自分の主義主張で世界を滅ぼそうとしたね-」
「人間の国も何度も滅ぼしたり……」
「本当にろくでもないわね、この世界の神様」
「なー」
「ね-」
386
#長編
魔王と竜王は深々と頷いた。この二人も人外なのだが、割と人間寄りの感性があるのかもしれない。前世の世界の神様とはだいぶ違うようだ。
「まあ、人格破綻者が季節の力を持っていると危ないってことで、四つの神々はこの国の端々に社を作り、力と共に封印して固定させた。その後、季節ごとに色を増やす儀式により、季節を彩り巡らせて運用となる」
(神様を封印……そして力を利用……。なまじ力があったから……ってことよね)
「夏の季節になったら夏の色や植物や花が咲いてこの国を彩る。けれど今は一番色の薄い冬の季節で、そういった場合、食べ物や建物なんかは色を失った状態なんだ」
「色を失う……。もしかしてこの珈琲が白いのは、色が失った状態?」
「うん!」
「正解だ。基本的にこの色を失うのは建物の外観と飲食のみとしている。どちらも儀式で使うからな」
「服も割と影響している」
「ああ。そうだった」
なんとなく色が失う理由については理解した。理解はしたが。
「つまり、それぞれの季節が定着するまで、料理や飲み物が薄く、深みのない味になると?」
「そうだな」
「でも不味くはないよ?」
「いやいやいや、二人ともこの生活に慣れてしまって舌がおかしくなっていますよ? 珈琲ってもっと深みがあって美味しいですもの」
「じゃあ淹れてみろよ。そしたら認めたやらないこともない」
「何故上から目線……」
「上司だからな」
「僕、人の子が淹れた珈琲飲んでみたい」
「喜んで」
「おいコラ、俺と扱いが違いすぎるだろうが」
アルベルト様の言葉を無視してダイニングに逃げた。私は食べ物にはちょっと煩い。美味しいものを食べるためには妥協する気はないのだ。
(美味しいは正義!)
話がとんでもなく大きくズレたが、飲食の大事さを分かって貰えないと、今後の食生活が悲惨なことになる。それは非常に困る。第二の人生を謳歌するのに、妥協はしないと決めたのだ。
すぐさまアイテムボックスから、フォルトゥナ聖王国の豆(箱庭システムで育てたもの)を取り出す。幸いにも私の持っていた豆の色は焦げ茶で焙煎している状態だった。
私はコーヒーミルで粉末にする。電動なんてものはないので、ぐるぐると手作業で豆を挽く。香ばしい香りが広がって、香りだけても先ほどの珈琲とは匂いの深さが全く違う。
調和の取れた味わいであり、香りが強い。飲みやすさ的に元の世界ではブルーマウンテンに近い味わいだろう。フィルタを準備してゆっくりお湯を注ぐと、これぞ珈琲という香りと色合いをしていた。
「さあどうぞ」
「わあ、黒い!」
「香りが全く違うな」
せっかくなので祖国で作っておいたクッキーも出す。サクサクと食べやすいシンプルなバタークッキーだ。溶かしバター法で作った小麦色でこちらも自信作だ。
「お茶請けにどうぞ」
「これ、お前が作ったのか?」
「そうですけど?」
「令嬢は普通作らないぞ」
「普通ではなかったので」
そう言うとアルベルト様はなんだか不服そうな、複雑な顔をしていた。なぜ彼がそんな顔をしているのか。
覚えていないのに、よく分からない言動をする。
「ん。これは……!」
「美味しい。すごく美味しいよ。お祭りや季節で色が固定した時に飲んだお茶や珈琲よりもずっと味わい深くて、僕はとっても好き」
「まあ、そうだな。悪くない」
そう言いながらアルベルト様はもぐもぐとクッキーを食べていく。すでに三つは口にしていた。
「それにしてもお祭りに儀式ですか」
「そう。聖女候補全員参加のやつだ」
「そうなんですねぇ」
「他人事だな。この国では季節の変わり目が近づくにつれ様々な祝祭を行い、季節の色を定着させて季節の術式を何重にも構築する。近々だと春だな」
「魔法陣! もしかして詠唱とか儀式的なキラキラな展開ってあります?!」
思わず前のめりになってアルベルト様に尋ねる。ちょっと驚いていたが、説明を続けてくれた。
「ああ。様々な祝祭で紡いだ術式の後で、真珠の城のパーティー会場か、傍の大劇場で行われる」
「大々的! ちょっと楽しみかも!」
「そこで人外や各国に人間たち代表らが季節に適した合唱、舞い、季節の料理と共に食することで、季節神を一時的に社から解放させる。季節の神は感情的な奴らが多くて、人格破綻者ばかりだから力はそぎ落としたままだけどな」
(神様の人格は置いておいて、それだと元の世界の祭りに似ているのかも)
時折芽衣李の世界での神事に近いと感じていた。神社仏閣では、祝詞を唱え、神事舞(神楽・舞楽・田楽)、直会として食事や酒を頂く。世界が異なっていても似通った部分があるとなんだか前世が懐かしくなった。
(そういえばラフェドは、日本の行事や神事に関して興味深いって言っていたような? 国作りに参考にしようとかなんとか……?)
昔を懐かしく思いつつ、カップに口を付ける。不思議とその珈琲はちょっぴり苦い味がした。