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#長編
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「春なら……薄紅色の花吹雪、夏なら空色の雨、秋なら緋色とカナリーイエローの紅葉、冬なら白銀の結晶が、その土地にそれぞれ振り落ちるんだ」
「(合唱、舞い、食事を行うことで術式を紡ぐ……。舞いはまじないを唱えながら舞踏する禹歩みたい。もっとも時折芽衣李が使っていたのは、神々を鎮める儀式が多かったけれど)季節を……人外と人間たちが協力し合って術式を紡ぎあう。何だかおとぎ話みたいで素敵ですね」
華やかで美しくて明るい――小さな子供が憧れたオモチャ箱のような世界。ちょっとだけワクワクしてきた。
そんな話をしつつ、契約の話に戻る。
「それで、僕は……その家族になりたい。君の作る物も美味しいし、人の子と一緒に居たい」
「まあ」
ストレートな告白。他者からの好意に私はもの凄く弱い。だってシルヴィアとして生きてから人に好かれるなんてなかったから。だから好いてくれる存在に絆されてしまうのはしょうがないと思う。
「ちなみにベルナール様は人を食べませんよね?」
「直球だな、おい」
「……うん。僕は人間を食べないよ?」
「よかった。……もし主食あるいは副食が人間と言われたら、この家から追い出すか滅ぼすしかなかったです」
「なんだ、その二択は……。鬼か、鬼だな」
「だってこういう聞きづらいことは最初に来ておかないと! 絆を結ぶのなら当然の権利です」
「絆……! 僕と結んでくれるの?」
突っかかってくるアルベルト様と違って、ベルナール様は子どものように無邪気に喜んでいた。癒される。
「はい、家族になりましょう。私はこの国に来てさほど経っていない新参者ですので、ベルナール様には衣食住の生活環境及び、この国に詳しい方がいてくれると助かります」
「僕が? 教える……!」
ぶんぶん、と尻尾が揺れて凄く分かりやすい。
「僕、もっと人の姿に近くなるようにする。そしたら爪も引っ込むし、君と……えっと名前、シルヴィアって呼んでも良い?」
「はい」
「……! シルヴィア。僕の家族」
鼻先を頬に振り付けてくる。彼なりの挨拶なのだろう。なんか擽ったくて可愛い。
「これが契約書だ」
アルベルト様は数学哲学者が難解な問題を前にしているような、ピリピリした空気を漂わせている。なぜに。
「とりあえず仮契約にして三カ月の間にすり合わせを行い過不足、過剰分もないように調整した後、それで問題ないなら正式契約する方がいいだろう」
「ありがとうございます。念のため聞きますけど、契約内容に命を削るとかない……ですよね?」
「そんなことしないよ!」
「お前は物騒な発想しかできないのか?」
とても残念な子を見るような目を向けないでほしい。人外との約束事や契約の確認は大事と言ったのはアルベルト様ではないか。
「最悪を想定するのは普通でしょう? それに祖国では人外が殆どいませんでしたから、その辺りの認識の差を最初に聞いておかなければ、落とし穴があるかもしれないと言ったのはアルベルト様ではないですか」
アルベルトは目を細め、不愉快そうだった口元を緩めた。
「よく俺の言葉を覚えていたな。自分の無知さを認識するのは良いことだ」
(心なしか言い方に悪意を感じる)
ベルナール様がちびちびとクッキーを食べているのに対して、半分以上やけ食いするアルベルト様の好感度が更に下がった。
「まあ、たしかに命を削ろうと交渉する奴もいるから今後も慎重にはんだんするように」
「え? 人間の感情を食べるのが大好きなのに、命を削ろうとする危険な存在もいるんですか?」
「この国には基本いないが、祭りの時期は人の出入りも多い。上質な人間の肉体や魂を狙っている人外はいる」
「この国の外……(祖国から国外追放されていたらと思うと、ゾッとするわ)」
「低級から中級の人外は力をつけるために人間の肉体と魂を食らう方が、手っ取り早いからな。もっともこの国では、お互いの合意がなければ契約締結しないよう術式を組んでいるがなんにでも落とし穴はある」
それはその通りだろう。何にでも落とし穴や危険はあるのだ。
「わかりました」
「ノリと勢いで契約者を増やすなよ」
「ハイ、ソウシマス」
「なぜ片言なんだ?」
「サア」
否定したかったがベルナール様との絆を結ぶと即決した手前、その点は反省すべきだ。幸いにもベルナール様は裏表のない竜だったので運が良かったと思う。
「絆を結ぶに当たって、家族枠の場合は魔力供給も可能となる。分かりやすいのは離れていても念じれば会話が出来ることか」
「(携帯電話みたい)それは便利すぎる」
その後契約を結ぶ運びとなった。ファンタジー展開を期待して目を輝かせたのだが、アルベルト様が羊皮紙の紙を取り出した段階で雲行きが怪しくなってきた。
(もしや契約って魔法陣がバーンと出たり、紋様が浮かび上がったりとか……ファンタスティックな展開がない……とか?)
「シルヴィア、もしかして契約が嫌になった?」
「え? あ、違うわ。その契約ってもっと教会とかでばーんとか、キラキラな演出があるのかなって、ちょっと楽しみにしていたの。でも何というかもの凄く地味なのかなって思ったらちょっとションボリって思っただけ」
「契約が嫌じゃないんだ……!」
「もちろんよ」
「派手さとか不要だろうが。お前は契約に何を求めているんだ……」
「見た目重視でファンタスティックな契約魔法が見たい!」
「子供か。しかも目がマジだな」
私の凹み具合に、ベルナール様的に契約不履行なのかと動揺したらしい。そんな姿に鼻先を撫でたら照れて子竜の姿になった。ますます可愛いし、ぬいぐるみのようだと抱っこしてみる。
(むぎゅってする。可愛い)
「人の子のお膝の上。……温かい」
「おい。契約してからにしろ!」
「はーい」
「うん」
アルベルト様は特殊なインクとペンで書くように指示する。私はシルヴィアという名前だけを書き記し、ベルナール様は器用にペンを魔法で動かしてさらさらとサインした。
(あ)
ベルナール様がサインしたことで羊皮紙がふわりと浮かび上がり、端から金色の炎によって申請書が燃え尽きた。
地味すぎると思った瞬間、ぷしゅ、とコルクを開けたシャンパンのような音と共に、金色の光の残滓が祝福を齎すかのように振り落ちる。
(そうよ! これ! これが見たかったの!!)
金色の花吹雪のようにも見えて手の平に落ちると、そのまま消えてしまった。望んでいたファンタジー的展開に、目を輝かせる。
「綺麗……」
途端に語彙力が消失したが「これこれ!」と心の中で拍手喝采を贈った。金色の花びらとはなんとも贅沢ではないかとほくほくしていると、右の人差し指と薬指にシンプルな指輪が生じる。
「わぁ!すごい!」
宝石や幾何学模様などが彫り込まれた洗練された好みのデザインだった。
「(なんて素敵なデザインなの。これはこの国の文字? それとも契約者専用の指輪はみんなこんな感じなのかしら? ……ん、でもどうして指輪が二つも?)えっと? …………ん???」
瞬きを何度もするが、どう見ても指輪が二つ。しかももう一つは銀色で宝石などの装飾が一つもないシンプルな指輪だった。
(え……え……!? 二つ契約したってこと? それとも竜王というすごい竜だから、二つの指輪に分けることになった?)
「契約の証。……初めて貰えた。嬉しいな」
無邪気に喜ぶベルナール様の指というか腕に黄金の輪が収まっていた。私は指輪だが、ベルナルド様は違うらしい。うきうきする姿に「まあ、いいか」と思うことにした。
「ベルナール様は可愛いですね」
「かわ……!」
「コイツをそんな評価するのは、お前だけだ」
私とベルナール様はきゃっきゃっとはしゃいでいたが、なぜかアルベルト様の眉間に深い皺が刻まれていた。剃刀のような鋭さを持った視線が私に向けられる。
何かしてしまっただろうか。
「どうしました? アルベルト様、もしかしてクッキーと珈琲のお替りですか?」
「違う。……いやそれは後でもらうが……」
(あとでもらうのか。思った以上に気に入った?)
アルベルト様は左の薬指に視線を落とした。
「どうやら俺も、お前と契約が成立したみたいだ」
「ん? …………え? は? はああああああああああああああああ!?」