🖤「……初めてだ」
康二の言葉を聞いて、レンは一言呟いた。これまでいくつもの星を旅してきたが、レン自身について知りたいと言ってきた相手は康二が初めてだった。
宇宙協会からの依頼を受けて、レンはこの星に降り立った。また一つの世界が終わるのを見届けなければならないのかと絶望していた中、追い討ちをかけるようにして空に浮かんでいたのは赤い星。亡き故郷を思い出してしまい苦しい気持ちになっていたところ、出会ったのがこの星の住民、康二だった。
レンは、初めこそ警戒していたもののすぐに打ち解け、共に過ごすことも承諾してくれた康二にこれまで出会ってきた人々との違いを感じた。
どうしてこんなに受け入れてくれるのだろうか。
どうしてこんなに優しくしてくれるのだろうか……
だがその答えはすぐに分かった。……康二の目が、教えてくれたのだ。
康二はずっと、レンに好意的な目を向けていた。本人は隠しているつもりだろうが、いろんな人を見てきたレンにはすぐに分かった。
あれは人を好きになっている時の目。その目が今、自分に向けられている。これがあの人間たちの気持ちか、とレンは学んだ。
道具のことも、この星のことも、そしてこの疑問も。全て教えてくれた康二に、レンもまた恋心を抱いてしまっていた。……恋なんて、見ているだけで十分だったのに。
康二の言葉にまた、キュンとしている自分がいることに気づいた。
🖤「……コウジは、知らなくてもよかったことまで、教えてくれるんだね」
🧡「へ……?」
🖤「じゃあ、教えてあげる。俺の、これまでのこと」
レンは康二の手を握って見つめる。
🖤「コウジには、全部、知って欲しいから……後悔、しないでね」
🧡「え?うん……うわぁっ?!」
その次の瞬間、二人はレンの作り出した記憶世界に吸い込まれていった。
甘い香りがして、康二は思わずつむっていた目を開けた。黄金色に輝く草原の奥に、真っ青に透き通る湖がある。
朝焼けの橙と夜明け前の群青が混ざる空には、まだ世界が壊れる前の、銀色の月が浮かんでいた。
🧡「……ここって、」
🖤「俺の星」
康二の呟きに、レンが間髪入れず答えた。レンと康二の2人は宙に浮いており、眼下に望む街並みを見下ろしていた。
康二の前には人々の生活が次々と広がっていった。
康二の星には無いような、半透明の鉱石でできた建物。太陽光を集めて暖を取り、夜は鉱石が街灯や家具の照明に照らされてほのかな光を放つ。
人々は言葉よりも行動で感情を伝え合っており、幾度となく手や肩を触れ合わせた。幼き頃のレンも、母と思われる女性の腕の中に包まれていた。
湖のそばでは子どもたちが蛍のように輝く生き物と戯れており、笑い声が鈴のように弾んだ。康二はこの様子に自分の星を重ね合わせ、胸が苦しくなった。この星は、確かに“生きていた”。
ふと景色が変わると、空気の色が明らかに変わっていた。
銀色の月は瞬きをした一瞬で真っ赤に染まり、徐々に大きく、そして濁っていく。湖もまた濁って泡立ち、輝く生き物は逃げるように空高く舞い上がって見えなくなった。
どこか遠くから低い唸りが響き、地平線の彼方で空が裂けた。黒い影は裂け目から現れ、この街を、星を、覆い尽くしていく。
🧡「レン……!」
怖くなった康二は、そばにいるレンを振り返った。レンは硬く口を結んだまま、静かに康二の手を取った。康二はハッとする。康二の手をとったその手もまた、恐怖に震えているのを感じたからだ。
街の人々は恐怖の感情のままに逃げ惑い、感情や安心を伝え合うはずの触れ合いすらも恐怖に変わった。レンは母親と街を走り、湖のそばで小さなロケットに入れられる。
🖤「か、母さんも!」
「いいえレン、私は一緒には行けないの。でもレン、聞いて?あなたはこのロケットで宇宙協会へ行って、旅人になるのよ」
🖤「旅人……?」
「ええ。宙の旅人。前に教えたでしょう?いろんな星を巡って、その星の運命を見届けるの」
🖤「でも、僕1人じゃいやだよ!」
「レン、分かって。もう時間がないの。あなただけでも生き残ってくれれば、母さんは幸せなの」
🖤「いやだよ、母さん……!!」
レンの反対も押しのけて、母親は無理やりロケットの扉を閉め発射スイッチを押した。勢いよく放たれるロケット。壊れゆく故郷の星が、どんどん小さく遠くなっていく。
🖤「母さーーん!!!」
レンの叫びは届くことなく、やがて……目の前で、自分の星は砕け散った。ただ赤い月だけが、血のように輝いてその破片たちとロケットを照らしていた。
そこまで見たところで、康二とレンは目を覚ますように元の世界に戻ってきた。
2人の手は硬く握られたまま、離れることもなくまた離れようとも思わなかった。
🧡「……今のが、レンの見てきた世界?」
🖤「うん」
🧡「……全部、失うんやな」
🖤「うん……俺は何回も、こんな風に壊れる世界を見てきた。でも旅人は、終わりを見届けるために、生きてる」
レンは一度言葉を区切ると、
🖤「……後悔、してる?」
康二の顔を覗き込み、そう聞いた。康二は表情を曇らせながら地面を見つめて言う。
🧡「正直、ここまで悲惨やと思ってなかったから……はっきり言うと、後悔してる。知らんかったら良かった、なんて思ってしもてる。でも、」
言葉を区切った後、康二は迷いのないまっすぐな目でレンを見つめ返した。
🧡「これがレンも感じたことなら、この気持ちも抱えて進もうと思う」
レンは驚いたように目を見開く。また、胸がキュンとするのを感じた。
この気持ちをどうしていいのか分からない。いつも人々は、こういう時どうしていた? 迷う人もたくさんいるけれど、みんな最後には……想いを伝えて、幸せそうな顔をしているよね。
🖤「……想いを、」
🧡「ん?」
🖤「コウジ、俺……」
覚悟を決めて伝えようとした、その時だった。
ダダダダダッ!!
激しい銃声の音が聞こえ、2人は瓦礫の上に這いつくばってかわす。
異星人の襲来だった。
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