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周りを見渡しても、目印になるような物はなく、ただ木々などの自然物が目に入るだけ。自分がどこを歩いているかも分からないし、一度はぐれてしまえば間違いなく迷い、一人で帰れる自信はなかった。
薄暗い森の中を互いの存在を確認し合いながら、猫の後を追ってただ進み続けていた。たまに木々の合間から空が見えると、そこには旋回しているブリッドの影が必ずあった。
「ずっと飛んでくれてるんですか?」
片手をかざしながら頭上を見上げる。随分と高いところを飛んでいるようなので、オオワシからならここの位置も正確に分かりそうだ。ブリッドが地図を読めないことが悔やまれる。
「ふふふ。最強の護衛でしょ?」
呼ばれた時だけ来てくれれば良いとは伝えたのだが、館を出てからずっと見張ってくれていた。木の枝で空が遮断されている時には見えなくても、明るい場所に出て見上げれば必ず居た。
オオワシは命令されて飛んでいる訳ではなかった。どこに居てもベルの位置は彼には分かるから、別に付きっ切りじゃなくてもいいと言われても、傍に居たくて飛んでいた。
昼休憩や細かい休みを挟みながら、草を掻き分けて道なき道を進み続けた。突き出した枝にローブを引っ掛けることもあれば、濡れた落ち葉に足を取られることもあった。慣れない森を歩いているのだから、小さな擦り傷が徐々に増えていった。
ずっと続く変わり映えの無い景色に口数が減り始めた頃、水の流れる音がかすかに耳に入ってきた。
「川かしら?」
地図上で見た川の位置を思い出す。真南に向かって歩いているのかと思っていたが、やや西寄りだったようだ。グランの街の南で、森の館からだと南西の方角。
「冒険譚にも出てきましたよね、川沿いの魔獣討伐のお話」
「ラット系の群れを巣ごと討伐する話だったわね」
地図上で確認できる川は一本だけ。魔導師ジークとティグが辿り着いた川まで来たのは間違いなさそうだが、現在地がその長い川のどの辺りなのかは分からない。聖地巡礼にしてはなかなか難易度が高い。
川のせせらぎに向かって歩き進み、目にしたのはごつごつとした岩の間を流れる小川だった。岩場を利用すれば簡単に向こう岸へと渡れそうな川幅で、澄んだ水は上流ならでは。
先頭を歩いていた猫は軽い足取りで岩の上を飛び歩くと、流れる水に顔を付けて飲み始めた。
「今日はここまでかしらね」
そういうと、川沿いの少し開けた場所に結界を張る。テントの設営も二度目にもなると、慣れたものだ。
しばらくはその場で旋回を続けていたブリッドも降りて来て、やはり猫からは少し離れた場所で川の水に口ばしをつけていた。
ベルと共に夕食の準備しながら、葉月はふぅっと溜息を付いた。思わず漏れた息に、まだ二日目なのにと苦笑する。
今晩もマーサが用意してくれていた具材を鍋で煮込むと、パンに浸して頬張った。外でも野菜たっぷりの食事が取れるのは優秀な世話係のおかげだ。
食事中も何度も無意識に溜息を付く葉月の様子に、ベルはそろそろ限界かしらと、昨日よりもさらに濃いめのお茶を淹れ、粉末状の回復薬も少し加えた。薬やお茶では身体は癒せても心の疲れは取れない。
携帯ランプの灯を落として葉月をテントに押し込むと、ほどなくして小さな寝息が聞こえてきた。薬草の力も大きいのだろうが、疲れがピークに達しているせいでもあるのだろう。中を覗くと、寄り添うように猫も丸くなっていた。
「おやすみなさい、ブリッド」
テントの前に立つオオワシの頬を撫でると、ベルもテントの中に潜り込んだ。引き篭もりの魔女は連日の移動の疲れで、あっと言う間に眠りに落ちていた。
翌朝も辺りが薄ぼんやりと明るくなった頃に目覚めると、近くから聞こえる水の音で、ベルははっとした。すぐに川の傍で野宿したことを思い出したが、見慣れない場所で目覚めて、つい驚いてしまった。
「あら。たくさん来ていたのね」
結界のすぐ脇に残された大量の獣の足跡。大型の物が数頭分はあった。結界を張っていなかったら無事では済まない数だ。
ベルは自分の眠りの深さが信じられなかった。全く気付いていなかったのだから。
朝食用のスープを温め直していると、匂いに釣られたのか猫がテントから顔を出した。猫用にパンをちぎってスープをかけてやり、自分の分も皿によそった。眠り続けている少女を無理して起こすつもりはない。
少しは冷ましたがまだ十分熱いはずなのに、猫は平然とスープが浸みたパンを頬張っていた。猫舌って何だろうとベルは首を傾げた。