夜ごはんを食べてから、涼太とふっかとお風呂に入った。
佐久間とおはかまいりに行った時はすげぇ暑かったのに、今は毎日寒い。
ふっかも寒そうにお湯の中に入ったあと、「っぁ“あ”ぁぁ〜染みるわぁ…」っておじさんみたいな声を出してた。
 冷たくなってた涼太の肩にお湯をかけてたら、ふっかは急に話しかけてきた。
 「なぁ、翔太」
「なに?」
「明日、仕事してみる?」
「?特訓しないの?」
「十分強くなってきたし、特訓は休み。たまには休まないとね」
「ふーん。なにするの?」
「それは明日になるまで内緒。まぁ楽しみにしててよ」
「わかった」
 
 毎日特訓してたから、お休みの日があるのはなんか変な感じがした。
でも、できることが増えるのはうれしかったから、「早く明日にならないかな」ってちょっとだけ思った。
 
 「涼太、俺、明日仕事してくる」
「うみゅ!」
「ははっ、夫婦みてぇな会話だな」
「ふーふってなに?」
「お前が大人になったら教えてやるよ」
「む」
「ゃぃゃぃゃぃぃ!」
「涼太、お湯飛んでくるからやめて」
 
 涼太がちっちゃい手でお湯を叩くから、顔にいっぱいかかった。
目に水が入ってまばたきしたら、しょぼしょぼして少し痛かった。
 
 
 
 お風呂から出ると、俺はいつもラウールに捕まる。
ラウールは俺の髪を乾かしたいんだって。
「なんで乾かしたいの?俺自分でできるよ」って聞いたら、ラウールは「しょっぴーのお兄ちゃんしたいの!」って言った。
 ラウールの言ってたことはよく分かんない。
でも、俺も涼太の「おにいちゃん」だから、ラウールが俺のを、俺が涼太のをって、俺たちは毎日自分たちの「おとうと」の髪を乾かすんだ。
 それが終わったら、涼太と麦茶を飲んで、コップを洗ってから寝る。
 照が、台所と涼太の部屋と、居間に一個ずつ踏み台を作ってくれたから、それを使いたくてコップを洗ってみたことがあった。
水が出てくる所に手が届くようになったんだ。
康二がいつもやってるみたいに、泡をコップに付けて擦ってたら、康二に見つかった。
 バレる前に終わらせようって思ってたのに、康二が来ちゃったから、俺は焦ってコップを落としちゃった。
ガラスじゃないから割れなかったけど、ごんっておっきな音がしてうるさかった。
 でも、そのあとで俺に突っ込んできた康二の方が、もっとうるさかった。
 「ほんまに偉いなぁ!ええ子やなぁ!こんな子がうちに居ってくれて嬉しいわぁぁ…っ!」
 って言いながら、俺にくっついてくるから苦しかった。
 
 「苦しい…っ!照が作ってくれたやつ使いたかっただけだし!離れてよ!」って言っても、康二は全然聞いてくれなかった。
 
 それからは、毎日コップを洗うようになった。
 …別に、康二が褒めてくれたのが嬉しかったからとか、そういうんじゃないし。
 
 
 俺と涼太の布団をぴったりくっ付けて、涼太に指を握ってもらったら、すぐに眠くなる。
 
 「明日、どんな仕事すんのかな…」
 ちょっとだけ楽しみだった。
独り言を言ってから、目をつむった。
 
 
 
 
 
 
 
 「さて、翔太も寝たことだし、始めよっか」
 
 深澤の号令がかかると、宮舘組の居間では幹部たちによる会議が始まった。
 
 「まずは資料の用意だけど、阿部ちゃん、ラウ、できてる?」
「うん、バッチリだよ!」
「意外と時間がかかったけど、その分楽しんで作れたよ」
「おっけおっけ」
 
 「次に、備品だけど、これは照、めめ、佐久間にお願いしてたね。進捗どうよ?」
「順調。あとは設置するだけ」
「これ買ってきたやつ!」
「片っ端から買ってきました」
「結構多いな!あの予算でこんだけ買えんだ!お前ら案外買い物上手じゃん」
「「ぎくッ」」
「…お前ら…」
 
 「はいはい阿部ちゃん、怒るのは会議終わってからにしてー。そんで最後に、いっちばん大事な部分!康二!」
「おん!どや!!」
「すげぇな!完璧じゃん!」
「僕も一緒に考えたんだよ!」
 
 「うん、ラウも掛け持ちしてくれてありがとな。よし、これで全部揃ったね。じゃあ、明日も早いし、今日はこのくらいで解散しよっか」
「「「はーい」」」
 
 会議が終了すると、深澤、岩本、向井、ラウールが席を立ち、それぞれの部屋へ戻った。
そこに続くように、目黒と佐久間も立ち上がった。
 
 「解散ッ!」
「おやすみなさい」
「待て。目黒、佐久間。どこへ行く」
 
 他の者の気配に紛れるようにして、メラメラと怒りの炎を上げている者の背後を通過しようと、足音を立てずに歩く。
しかし、その甲斐も虚しく、目黒と佐久間は、その地を這うような低い声に呼び止められ、浮かせた片足は行き場を無くした。
 
 「もう逃げられない」と観念したように、目黒と佐久間は般若の形相でただ一点を睨みつけている阿部のそばへ、姿勢を正して整列した。
どこかに逃げ道があるかもしれないと、彼らは一縷の希望を抱きながら阿部の質問に答えた。
 
 「……明日のために、もう寝ようかと…」
「え、えぇっとぉ…お風呂まだ入ってなかったなぁって…」
「座れ」
「「…はい」」
 
 この世は無情である。
 目黒も佐久間も、これから始まる尋問に素直に答える以外の選択肢を全て捨て、阿部の前に正座して俯いた。
 
 「予算はいくらだったかな?」
「一万円です」
「あの量、それ以上買ってるよね?」
「…はい」
「はみ出た分はどこから補填したのかな?」
「俺たちのお財布から出しました」
 
 しばし流れる沈黙の間で、これから訪れるであろう阿部からの「お説教」を待ち構えた。
ところが、予想に反して阿部の口からは「はぁ…。」と呆れたようなため息が聞こえるだけであった。
 
 「張り切る気持ちも分かるけど、足りないなら相談してよ」
「怒られるかなって…」
「そんなことで誰も怒らないよ。無理してほしくないから言ってるの」
「「はい…」」
「もう…、調子狂うなぁ。いつからそんなにしおらしくなっちゃったの?毎日あんなに俺のこと揶揄ってたのに」
「…阿部ちゃんに嫌われたくないんだもん」
「…やっと好きになってくれたから」
 
 しょぼくれる目黒と佐久間に、阿部は頬を染めながら優しく語りかけた。
 
 「嫌いになんてならないよ。それに…ほんとはもっとずっと前から好きになってたんだよ?」
「「えっ」」
「…っ、もう寝よっか!」
「え、ちょっと待って阿部ちゃん、もう一回言って」
「阿部ちゃん!なんて言ったの!?教えて!」
「しーっ、また明日、ね?」
「「〜っ!はい…」」
 
 自らの無意識の仕草で、彼らは悶絶しているというのに、当の阿部はそんな目黒と佐久間には目もくれず、自身の部屋へと戻っていった。
 
 その三十分後、風呂を済ませ、自室に戻ろうと居間を通りかかった深澤に、顔面を両手で覆い、天を仰ぐ目黒と佐久間の姿が発見されたという。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ん!ちょた、ちょた」
「ん?りょぉた…?」
 
 涼太の声が聞こえてきて目を開けたら、もう朝になってた。
さっき寝たばっかりな気がしてたから、ちょっとびっくりした。
まだ眠かったけど、多分涼太はもう腹減ってるから、朝ごはんを取りに行ってやらなきゃ。
 起き上がって、全然開かない目を擦って、まばたきしたら、だんだん前がよく見えるようになった。俺の足の上に登ってくる涼太を抱っこしようと思って、自分の足を見たら、涼太がみかんみたいなカッコをしてた。
 みかんの色は、オレンジ色って、この前阿部ちゃんとラウールが教えてくれた。
絵を描く勉強をしてた時に、色の名前をたくさん習ったんだ。
 涼太の着替えは毎日俺がやるけど、今日は誰かがもうやってたみたい。
オレンジ色のまんまるい服を着て、同じ色の風船みたいな帽子もかぶってた。
 洋服の真ん中に、さんかくとギザギザの黒い飾りが付いてて、なんだか顔みたいに見えた。
 
 「涼太、その服どうしたの?」
「ぅぁ!まんま!」
「腹へった?」
「ぁぃ」
「じゃあ康二のとこ行こ」
 
 涼太に聞いてみたけど、たぶん、知らないって言ってた。
とりあえず、涼太も俺も腹減ったから台所に行った。
 
 「康二、おはよう。起きたよ」
「おお!おはようさん!」
「ねぇ康二、腹減った」
「まんま!」
「へいへい、ご飯な。持ってったるから待っとき」
「わかった」
 
 居間に行ったら、部屋がオレンジ色ばっかりだった。
涼太の服にくっ付いてる顔が、そこら辺にいっぱい置いてあった。
 ラウールが机の上でスマホを見てたから、あれは何?って聞いてみたら、「かぼちゃだよ。ジャック・オー•ランタンっていうの」って教えてくれた。
ラウールの横にいた阿部ちゃんが「今日はハロウィンだからね」って言ってたけど、それも初めて聞いたから、どんなもんなのか知りたくなった。
 
 「はろいん?」
「10月31日の今日は、ハロウィンっていうお祭りをする日なの」
「おまつり?」
「そう!お化けを追い払おう!って日なの」
「へー」
「ってことで、翔太」
「なに?」
「昨日、ふっかから仕事するって聞いたでしょ?」
「うん。俺、今日は仕事するから特訓休みなんだって」
「そこで、翔太の初仕事の説明を俺たちがするから、よく聞いててね?」
「わかった。何するの?」
「しょっぴーのお仕事は…じゃーん!これです!」
「?」
 
 ラウールに渡された紙には「お化け退治!スタンプラリー」って書いてあった。
 
 「今日は、屋敷のいろんなところに、お化けとか怪物がいっぱいいて困ってるんだ。だから、しょっぴーと坊で、そいつらを追い払ってきて欲しいの」
「倒せばいいってこと?」
「そうそう!」
「わかった。喧嘩なら任せろ」
「お化けの中には、喧嘩だけじゃ倒せない子もいるから、気をつけてね?」
「え。めんどくさ…」
「まぁまぁ、退治できたら良いこともたくさんあるから、まずはやってみて?」
「わかった。涼太、一緒に仕事だって。頑張ろうぜ」
「じぇ!」
「朝ごはん食べ終わったらスタートだよ!二人とも頑張ってね!」
 
 
 
 
 
 朝ごはんを食べたあと、涼太の部屋に戻った。
「もういいよー」って声が聞こえたら、部屋を出ていいって阿部ちゃんに言われたから、今はそれを待ってる。
 「涼太、どこから行く?」
「ぅー!」
「お風呂?わかった」
 
 阿部ちゃんとラウールからもらった紙は、地図?って言うんだって。ここに書いてある、かぼちゃの絵のところに行けって言われた。
部屋に戻る前に、ラウールから真っ白い布を被せられた。
頭から足まで隠れるくらい長かった。頭のところにぐにゃぐにゃの真っ黒い目と口が付いてた。
 「わーん!可愛い!お化けのポンチョすごい可愛い!似合ってるよ!」って言われたけど、布がくっついてきて動きづらかった。
これじゃ喧嘩できないから「脱ぎたい」って言ったんだけど、「これ着てないと戦えないんだよ」って、よく分かんないことを言われた。
 「そんなわけねぇだろ」って思ったけど、ラウールも阿部ちゃんも脱がないで欲しそうだったから、着ててやることにした。
 
 この家にそっくりな地図を見ながら、お風呂に行く道を思い浮かべてたら、「もういいよー!」ってみんなの声が聞こえた。
 
 涼太を抱っこして、部屋を出た。
お風呂に行くと、お湯が入ってない湯船の中に、包帯がぐるぐるに巻いてある人間が寝っ転がってた。
 
 顔がちょっと見えたから、すぐにふっかだってわかったけど、何してるんだろう。
お湯が入ってないのに、お風呂に入ってる。
包帯してるし、どっか痛いのかな?
 
 「ふっか、怪我したの?」
「……」
「ふっか?」
「………」
 
 寝てんのか?
よく分かんないけど、お風呂入りたいなら、お湯入れてやるか。
 涼太を服脱ぐとこに置いてから、湯船に空いてる穴に黒いゴムを突っ込んで、お湯をかけたらふっかが飛び起きた。
 
 「ッちょいちょいちょい!」
「あ、ふっかおはよう」
「おはようじゃねえよ!ずっと起きてんだよ!」
「だって何も言わなかったじゃん」
「ノリノリでミイラ男になりきってたんだよ!」
「みいらおとこを知らないもん。何それ」
「はぁ…お前やっぱ面白ぇな。はいはい、俺の負けだわ。ほい」
「?」
 包帯だらけの濡れたふっかが、透明な袋に入った何かを渡してきた。
 
 「何これ」
「お菓子」
「おかし」
「坊と二人で食えよー。っぷし!さむ!俺風呂入るわ。初仕事頑張れよ。じゃあな」
「うん」
 
 包帯を取る前に、ふっかが俺が首からぶら下げてる紙にかぼちゃのすたんぷ?を押してくれた。
なんだかよく分かんないけど、ふっかが自分で「負け」って言ったから、多分倒せたんだと思う。
 
 お風呂のドアが閉まってシャワーの音が聞こえてきたから、俺はもらったおかしを白い布についてるでかいポケットに入れて、抱っこした涼太と次のかぼちゃマークのところまで行った。
 
 廊下を歩いてたら、赤いツノが生えてるラウールが通せんぼしてきた。
 
 「ラウール、でかい。どいて」
「えー、どうしよっかなぁー」
「通れないじゃん」
「そんなに通りたい?」
「うん」
「じゃあ、阿部ちゃんから教わった合言葉を言ってみろー!」
「なんだっけ、えーっと…」
 
 なんだっけ。
朝ごはんを食べてた時に、阿部ちゃんが「困った時の合言葉は…」って教えてくれた言葉があったけど、長かったから忘れちゃった。
 えーっと、えーっと…。あ、思い出した。
 
 「とりにくと、つりいと」
「きゃはははッ!!ほんと可愛いねぇ!」
「ちがった?」
「Trick or Treatね?」
「むずかしい」
「むじゅ!」
「あははッ、こんな可愛いお化けたちには敵わないや、降参!」
 
 ラウールもすたんぷを押したあと、おかしをくれた。
通せんぼしてた長い腕と足をどかして、「頑張ってねー!」って手を振ってるラウールの横を通って、先を歩いていった。
 
 喉が渇いたから、台所で麦茶を飲もうと思ったら、中に康二がいた。
康二の頭と背中には変なものが付いてた。
茶色いとんがった耳と尻尾みたいなのが生えてた。
佐久間のスマホで見せてもらった写真で、あれに似た生き物を見たことがあったから、康二に聞いてみることにした。
 
 「康二、犬になったの?」
「違うわ!狼や!」
「おおかみ?」
「カッコええやろ?怖いやろ?」
「ううん」
「えぇ!?頑張って作ったんやで!?」
「だって耳と尻尾はちがうけど、あとは全部いつもの康二だもん。怖くない」
「ほうか…。」
 
 涼太と麦茶を飲みながら、落ち込んでる康二を見てたら、康二は急にこっちを向いて、いきなり写真を撮ってきた。
 
 「うわ。びっくりした」
「不意打ちで一枚いただきや!ほんならお礼にこれ持ってき?」
「倒してないのにくれるんだ」
「平和が一番やからな。しょっぴーにはクッキー、坊にはボーロさんや。どっちも俺のお手製や、食べ過ぎには注意してな?」
「うん、ありがと」
 
 康二にもすたんぷを押してもらって、麦茶を飲み終わった二つのコップを洗ってから、次の場所に行った。
 目黒の部屋にかぼちゃのマークがあったから、そこに行こうと思ってたら、その前に、廊下に座ってる照に会った。
照は、全然動かないし、体が青かった。
顔と腕に線がいっぱい書いてあって、なんか、康二が前に布と布を縫ってくっ付けてた時の模様に似てるなって思った。
頭にでっかいネジがくっついてて、ちょっと抜いてみたくなった。
 触ろうとしたら、「だめ」って照はそれだけ喋った。
 
 「これ刺さってんの?」
「……」
「照、なんか喋ってよ」
「……」
「照、とびっことアヒージョ」
「…っふふ…んふふっ…あはははッ、はい、どうぞ」
 
 照が全然喋んなくて困ったから、また合言葉を言ったら照はいきなり笑い出して、そのあと、おかしをくれた。
 
 「やっぱこういうのは苦手だわ、我慢できなくて笑っちゃう、ぃひひっ。残り三人だね、お化け退治頑張ってね」
「全然退治してない。俺なんにもしてないのに、みんな勝手におかしくれる」
「あいつらの気持ち分かるなー、なんでもあげたくなる」
「?」
「翔太も坊も可愛いってこと」
「うん、涼太はかわいいよ。じゃあ目黒のとこ行ってくる」
「うん、頑張ってね」
 
 
 目黒の部屋に入ったら、目黒は黒い服を着て寝てた。
口から、とんがった歯がはみ出てた。
噛まれたら痛そうだなって思って見てたら、涼太が目黒のとこに行きたそうに体を前に動かした。
寝っ転がってる目黒の上に涼太を乗せても、目黒は起きなかった。
 涼太が目黒に近付いて、顔をぺちぺち叩いた。
 「ぁぅ、めんめ、」
「涼太、目黒、寝てるんだって」
「んや」
「どうしよっか。退治できないね」
「んむ…ん、、」
 
 退治って阿部ちゃんとラウールが言ってたから、目黒と戦えると思ってたのに、これじゃ倒せなさそうだ。
 どうしようかなって思ってたら、涼太が目黒の上でうとうとし始めて、あっという間に寝ちゃった。
涼太は今日、朝ごはんを食べたあと、ずっと寝てなかったから、起こさない方がいいかなって思って、そのままにしておこうって思った。
これからどうしようかなって思ってたら、目をつむったまま、目黒が「くくくっ……」って笑った。
 
 「目黒、起きてたの?」
「うん、起きてたよ。可愛すぎてほんとに食べちゃいそうだった」
「だめ」
「うん、ほんとにはしないよ。坊寝ちゃったし、ここからは三人で行こっか」
「うん」
 
 あとは、阿部ちゃんと佐久間だけ。
目黒が涼太を抱っこして俺の後ろをついて来る。
 かぼちゃのマークがついてた居間に入った瞬間、パシャって音がした。
 
 「ぁ“あああ…っ、かわいい…小さいお化けとお昼寝中のかぼちゃさん…ここは冥土か…ァァァ、スマホの容量がいくつあっても足りない…っ…!」
「阿部ちゃん今日も絶好調だね。かわいい」
「めめも一緒に回ってるの?」
「吸血鬼って昼間は寝てるでしょ?だからそれになりきって、寝っ転がって待ってたんだけど、そしたら急に坊が上に乗ってきて寝ちゃったんだよ。どっちにしろ佐久間くんが残ってるなら、一緒について行った方がいいかなって」
「何それ。現場に立ち会いたかった……くぅっ…!」
 
 阿部ちゃんは目黒と喋りながら、ずっとスマホからパシャパシャ、音を鳴らし続けてた。
 阿部ちゃんもいつもと違うカッコをしてた。
服はいつも通りだけど、康二みたいに頭からさんかくの耳が生えてて、腰から尻尾が生えてた。どっちも、黒くてふわふわしてた。
首と尻尾に緑色のリボンがついてて、ちょっと前に、佐久間が見せてきた絵に書いてあった女の子も、こんなカッコしてたなって思い出した。
 
 「はぁ…超癒された。これ毎年やろう」
「いいね、結構楽しかったよね」
「じゃあ、スタンプ押して…、はい、お菓子」
「なんにもしてないのにもらっていいの?」
「十分してくれたよ。ありがとう」
「…?」
「じゃあ、最後に佐久間のとこ、行ってらっしゃい」
「うん、目黒、行こう?」
「うん、行こうか」
 
 最後に残ってたかぼちゃのマークは、武道場についてた。
いつも特訓してる場所に入ったら、佐久間がそこの真ん中に立ってた。
 変な形の帽子を被って、ダボダボの服を着てた。
 
 「佐久間、とりっくおあとりーと」
「…」
「佐久間?」
 
 佐久間も喋らない。それに、全然動かない。目をつむってて、立ったまま寝てるみたいだった。
 佐久間のおでこには黄色くて読めない字が書いてある紙がついてた。
邪魔くさそうだったから取ってやったら、急に佐久間のでかい目がぱちって開いて、両腕を前に出しながらぴょんぴょん縦に飛び始めた。
 いつもみたいに笑ってない真っ白い顔をした佐久間がどんどん近付いてくるから、ちょっと怖くなって逃げ回った。
 
 「なんでついてくんだよ!合言葉言ったじゃん!」
「…」
「飛ぶなし!こわい!」
「しょっぴー、佐久間くんは封印しないと倒せないんだよ」
「ふーいん!?どうやんの!」
「さっき剥がしたお札、もう一回貼ってあげて」
 
 佐久間から逃げながら、さっき床に落とした紙を拾って、おでこに貼れるチャンスを待った。
 ずっと縦に飛んで前に進むだけだった佐久間は、俺が攻撃を仕掛け始めると、いつもと同じ動きになった。
今までずっと特訓してきたから、佐久間の動きは、もう全部読める。
 
 足を掛けようとしたら飛んでかわされて、手が出てない袖が顔の前まで来たらギリギリで避けて。
勢いをつけて飛んで、佐久間の肩を踏み台に一回転して、背後に回ったところでそのおでこに紙をぺたっと貼った。
 そしたら、佐久間はまた急に動かなくなった。
 
 「はぁっ…、っ、、倒した?」
 
 疲れて武道場に寝っ転がると、目黒が近寄ってきて、「お疲れ様」って俺に言ってから、おかしをくれた。
 
 退治する仕事って言ってたのに全然喧嘩しないじゃん、って思ってたけど、最後に佐久間と戦えた。
今日は勝てたから、うれしかった。
 
 「佐久間くん、もう動いていいですよ」
「…っぁ“ああッ!黙ってんのってマジでしんどい!」
「あんなに静かな佐久間くん初めて見ましたよ。いつもあのくらい大人しくてもいいんじゃないすか?」
「無理無理!窒息しちゃうよ!んはははッ!翔太、お疲れー!」
「今日は勝てた」
「そうだね、強くなったね!はい、これ一日頑張ったご褒美!」
「わ。これなに?初めて見た」
 
 いろんな色の袋を佐久間がくれた。
触ってみたら、中身はむにむにしてた。
 
 「これはグミってお菓子」
「ぐみ。食っていい?」
「いいよん」
「うわ、んま。これうまい」
「いろんな味買ってきたから、たくさん食べてね」
「これ、涼太も食える?」
「坊はまだちょっと早いかな。歯が全部生えて、もっと大きくなったら、教えてあげて」
「わかった」
 
 もらったぐみを全部一個ずつ食べて、あとはちょっとずつ大事に食べようと思って袋をしめたらぱちぱちって音がした。
 
 佐久間たちと居間に戻ったら、康二が昼ごはんを作って待ってくれてた。
机の上には、かぼちゃのグラタンと、かぼちゃのスープと、かぼちゃのコロッケがあって、かぼちゃだらけだった。
 
 「居間に飾るのに、照兄がかぼちゃくり抜いてくれたから、中身がぎょうさん余ってしもうたんよ!今日から三日間はかぼちゃ尽くしや!」
 
 って康二が言ったら、みんなは「マジかよ!」って大きな声を出してた。
うまかったし、俺は別にそれでもよかったから、明日のかぼちゃのご飯は何かなって考えながらスープを飲んだ。
 ごはんの時間になって起きた涼太にも、スプーンで掬ったスープを一口ずつ飲ませながら、みんなが騒いでご飯を食べてるのを見てた。
 
 今日着せられた白い布は、結構あったかかったから、気に入った。
夜にお風呂から出た後も着てたら、阿部ちゃんが隣で、にまにまして俺を見てて気持ち悪かった。
 今日みんなに押してもらったすたんぷが集まった紙を眺めてから、涼太と一緒に寝た。
 
 
 
 疲れたけど、初めての仕事は、ちょっと、
 うーん、
 まぁ結構、楽しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 おまけ 大人たちのハロウィンナイト
 
 
 
 「康二くんの狼男は、わんちゃんにしか見えないね」
「しょっぴーにもそう言われたわ…自信作やってんけどな…」
「康二くんほんとにすごいよ、みんなの衣装、全部あんなに上手に作っちゃうんだもん!」
「だてにみんなのオカンやっとらんからな。こんくらい朝飯前やで。それより、そのデザインしてくれたラウの方がすごいわ。全部おしゃれやったわ」
「えへへ、みんなのこと考えながら作るの、とっても楽しかった!」
「でも、なんで自分は悪魔のカッコしたん?」
「んー、知りたい?」
「お、なんか理由あるん?」
「あるよ、みんなそれぞれあるし、もちろん僕にもね!」
「なんやなんや、教えてや……って、なんで押し倒すん?」
「天使みたいに可愛くて優しい僕は、夜 が来ると、康二くんの前でだけは悪魔になっちゃうんだよ?って意味、込めてみた。どう?」
「ぁ…ぁほ、、っ、、」
「今日もせっかくここにいるんだから、ね、いいでしょ?」
「いちいち聞かんとって…その気が無かったらここに来てへん…っ」
「きゃは、ほんと、かぁいい…僕だけの狼さん…?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「なんで!俺が!猫なの!佐久間の方が猫っぽいじゃん!」
「それは俺が衣装担当のラウと康二に頼んだから!」
「佐久間ァ“ッ!お前のせいかァッ!内心、いい歳した大人がなにやってんだって居た堪れなかったんだから!」
「まぁまぁ、こういうのは楽しんだもん勝ちでしょ?阿部ちゃん」
「めめはいいよねぇ…いつでも格好いい役回りで…」
「えっ!俺格好いい!?格好いいって言ってくれた!?」
「今触れるべきはそこじゃない!…もう、なんでこんなにリボンばっかりついてるの…首にも尻尾にも…」
「それも、俺の趣味☆」
「はぁ…。目元でピースサインしないでよ…なんか…ぶん殴りたくなってくる…」
「ひでぇ!にゃははは!」
「佐久間は、、なんか…あれだね」
「んにゃ?」
「ぁ…ぇっと、なんでもない…」
「なになにー!気になるじゃん!」
「キョンシーって日本ではあんまり馴染み無いけど、なんか、その…えっと…すごい…えっちだなって…」
「ん?」
「ぁ、、それ…お札の隙間から流し目されると、なんかどきどきする………佐久間の横顔綺麗だから…」
「え、ちょっと、もう一回言って。録音したい」
「絶対に嫌だ。忘れろ」
「キョンシーも血を吸う妖怪だっけ?」
「そうだったと思うよ?」
「ねぇ、佐久間くん」
「あーね」
「…なに、マジで。ちょっと…っ、怖いんだけど…」
「吸血鬼とキョンシー、同時に吸われてみるのも面白いと思わない?黒猫さん?」
「ぶっトンじゃうくらいの夜にしてあげる、だって今日はハロウィンだもん。ねー、黒猫ちゃん?」
「……そのつもりで、わざわざ衣装持ってここに来たんだから、責任取ってよね」
「「お姫様の仰せのままに」」
「初めてでコスプレは流石に痛すぎる…」
「阿部ちゃん、そゆことは考えちゃだめだよん」
「そんなこと考えられないように、すぐ溶かしてあげる…ん…」
「ん、、ぁッ、めめ、待って……っ」
「待てない」
「ほんと、かぁいいねぇ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ふっかは細いから、ミイラがよく似合ってたね」
「照もフランケンシュタインだっけ?似合ってたよ」
「そう?実は俺も結構気に入ってたんだ。ラウールがメイクもしてくれたの」
「……ほんと、お前にぴったりかもな」
「ん?」
「なんでもねぇよ。でも…そうだな。お前のツギハギだらけの心が、いつか全部、ひと繋ぎになる日が来たらいいな」
「どうしたの?いきなりそんな、イケメンみたいなかっこいいこと言って」
「おぉい!いつでもイケメンだし、かっこいいだろうがよ!」
「はいはい、かっこいいねー」
「棒読みなんだよ…」
「んひひっ、ねぇ、冷蔵庫に康二が作ったかぼちゃプリンあるから食べよう?」
「はいはい、甘いものはなんとやら、ね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 続
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コメント
10件
最高のハロウィンやー!!!!!
こんなピュアで本来のハロウィンが読めて幸せな気持ちになったと共に、すぐ大人にコスプレさせていやらしい方向に持っていこうとしてる自分を猛省しました😂 これこそ正にハッピーハロウィン🎃