テラーノベル
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朝、教室に入る前から、僕は決めていた。
今日も呼ぶ。
桜庭ひよりさんの名前を、ちゃんと。
窓際から二列目、前から三番目。
彼女はもう席にいた。
友達と話している。
いつも通り笑っている。
でも、僕には分かった。
昨日より、少しだけ薄い。
輪郭が、淡い。
「桜庭ひよりさん」
声に出すと、教室の何人かが振り向いた。
彼女も振り向いた。
一瞬だけ、安心したような顔をした。
でもすぐに、周りが騒ぎ出す。
「またフルネーム?」
「なに、二人そういう感じ?」
「ひより、いつの間に?」
桜庭さんは困ったように笑った。
「違うって。相沢くんとは、そういうのじゃないから」
そういうのじゃない。
当たり前だ。
僕たちは友達でもない。
恋人でもない。
昨日まで、まともに話したこともなかった。
なのに、その言葉は胸に刺さった。
田崎が隣で小さく言う。
「おまえ、大丈夫か?」
「大丈夫」
大丈夫じゃなかった。
周りの視線が痛い。
笑い声が痛い。
自分が急に教室の真ん中に引きずり出されたみたいだった。
次の休み時間、桜庭さんが僕の席に来た。
「相沢くん」
呼ばれたのに、僕は顔を上げるのが遅れた。
「今日の放課後も、少し話せる?」
周りがまた反応する。
「え、また?」
「完全に仲良しじゃん」
僕は、とっさに言ってしまった。
「今日は無理」
桜庭さんの表情が止まった。
ほんの一瞬。
でも、分かった。
僕は間違えた。
「そっか」
彼女は笑った。
いつもの、きれいすぎる笑顔だった。
「ごめんね。変なこと言って」
「いや、そうじゃなくて」
言い直そうとしたときには、彼女はもう友達のところへ戻っていた。
その背中は、昨日よりさらに遠く見えた。
放課後。
僕は結局、三階の空き教室へ行った。
今日は無理と言ったくせに。
扉の前に立つ。
中から声はしない。
開けると、教室は空だった。
窓際の机の上に、紙が一枚置かれていた。
昨日見た座席表。
桜庭ひよりの名前は、さらに薄くなっていた。
その下に、新しい文字が増えている。
友達じゃないなら、どうして覚えてるの?
僕は紙を握りしめた。
答えなんて分からない。
友達じゃない。
でも、忘れたくない。
それだけじゃ駄目なのか。
スマホが震えた。
登録していない番号。
本文は短かった。
「今日は、呼んでほしかった」
胸が冷たくなった。
その瞬間、廊下の向こうで足音がした。
振り返ると、桜庭さんが立っていた。
目元が赤い。
でも、笑っていた。
「相沢くん」
彼女は言った。
「私たち、友達じゃないもんね」
何も言えなかった。
彼女は小さく笑う。
「なのに、どうしてそんな顔するの?」
その笑顔が、今にも消えそうに見えた。
コメント
1件
うわあ……第4話、すごく切なかったです🥀 「友達じゃない」って言葉が、二人の間でどんどん重くなっていく感じが胸に刺さりました。特に、桜庭さんが「今日は、呼んでほしかった」って送ってきたところ、あれで全部わかっちゃったというか…。呼ぶことで繋がってたんだなって。 最後の「どうしてそんな顔するの?」も、泣きそうになりながら読んでました。次が気になりすぎます…!
るか
28
#学園ファンタジー
成瀬りん
351
11