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第3話 煮えてはいません
天灯共同医療福祉院の処置室で、游舞は目を覚ました。
首筋から胸元、両腕には、冷たい水香を含ませた冷却布が巻かれている。赤くなった肌はまだじりじりと熱を持ち、鱗の浮かんでいた箇所には焼けるような痛みが残っていた。
「……いってえ……」
「起きたか!?」
「大丈夫か!?」
寝台の脇にいた陸獣由来と猛禽由来が、同時に身を乗り出した。
陸獣由来の角は力なく下がり、猛禽由来の翼も小さく畳まれている。顔色は、游舞本人より悪かった。
「二人とも、詰め寄らないでください」
冷却布を確認していた栖梧が、二人を寝台から離した。
「通常なら火傷に至らない温度です。しかし、あなたの由来生態では鱗の下へ急激に熱が入り、皮膚と香律の両方に強い負荷が出ました。搬送が遅ければ、由来組織まで損傷していた可能性があります」
「火傷寸前だったってことか……?」
「その認識で構いません」
游舞は冷却布に包まれた腕を持ち上げた。
「やっぱり煮えてたじゃねえか……」
「煮えてはいません」
「気分の話だよ!!」
「大声を出さないでください」
「……はい」
猛禽由来が気まずそうに翼を縮めた。
「でも、こいつ水域由来で……水には強いと思って……」
「水に適応していることと、高温の湯に適応していることは別です」
「今は人型だから、少しくらい平気かと……」
「人型化は、由来生態が消えたという意味ではありません」
寝台の上から、游舞が拳を突き上げた。
「もっと言ってやれ」
「あなたも、仙人が近づいてきたからと湯へ戻らないでください」
「誰だ、そこまで言ったの!」
「館員に聞かれたから……」
「正直に答えただけだ」
「裏切り者!」
「体調より見栄を優先しないでください」
「……はい」
栖梧は三人を見回した。
「本人が無理だと訴えている環境へ、思い込みだけで入るよう勧めないこと。あなたも、異変が出たらすぐにその場を離れること」
「はい」
「それから、少なくとも一週間は肌へ刺激を与えないでください。湯はもちろん、冷水でも長時間の入水は禁止です」
「冷水も駄目なのか?」
「今は水温だけの問題ではありません」
「……分かりました」
游舞が珍しく素直に答えると、二人も真面目に頷いた。
栖梧が処置記録を持って部屋を出ると、気まずい沈黙が落ちた。
「……悪かった」
猛禽由来が頭を下げ、陸獣由来も角を下げた。
「お前が大袈裟に言ってるだけだと思ってた」
游舞は二人の顔を見て、息を吐いた。
「……まあ、もういいよ」
「本当か?」
「次はねえからな」
「分かってる」
二人は顔を見合わせた。
そして猛禽由来が、待ってましたとばかりに口の端をにやりと上げる。
「でも喜べ」
「……なんだよ、その顔」
「とっておきの情報がある」
「反省終わるの早くねえか?」
猛禽由来が記録板を差し出した。
「天灯共通記録板、見てみろ」
「今そんな気分じゃ――」
「朗峻の記録だぞ」
游舞は記録板をひったくった。
「早えな」
「うるせえ!」
そこには、見慣れた朗峻の記録が上がっていた。
『先ほど湯殿で倒れた、水域由来の彼の容体が心配だ。俺が近づいたことで、無理をさせてしまったのかもしれない。回復したら直接会って謝りたい』
游舞は何度も記録を読み返した。
「……俺のこと書いてる」
「よかったな。朗峻の記録に登場したぞ」
「泡吹いて倒れた男としてな!」
「しかも、まだある」
「何だよ」
「その朗峻、二週間後に北の保養宿へ泊まるらしい」
「また温泉か?」
「違う。宿に併設された大遊泳場を利用するって」
游舞がゆっくり起き上がった。
「大遊泳場……?」
「水温は低め。流れる水路もある」
「……お前ら、まさか」
「情報が出た瞬間、三人分の入場枠を押さえた」
「いつ!?」
「お前が冷却布に巻かれて寝てる間」
「言い方!!」
「今度は水温も調べたぞ。二週間後だ。それまでに絶対良くなれ!」
游舞の目に、みるみる力が戻った。
「二週間……間に合う!」
「治癒は気合で早まるものではありません」
三人が固まった。
扉が開き、栖梧がこちらを見ていた。
「聞いてたのかよ!」
「聞こえる声で話していましたから」
「二週間後ならいいだろ!?」
「私が許可してからです」
「水温も調べたぞ!」
「それでも、出発前に必ず再診を受けてください。赤みや痛みが残っていれば中止です」
「受けます!」
「絶対来ます!」
「こいつ引きずってでも連れてきます!」
「今回は引きずらないでください」
「はい!」
游舞は友人二人を見た。
「お前ら……」
「なんだよ」
「分かってるじゃねーか!!」
「だろ?」
「やっぱりおめーら最高!!」
游舞は二人の首へ勢いよく抱きついた。
その瞬間、冷却布の下に鋭い痛みが走る。
「い゛っっっってえええええ!!!」
「アホかお前は!」
陸獣由来が游舞の頭をはたこうと手を振り上げた。
「やめとけ! こいつ死ぬ!」
猛禽由来が慌ててその腕をつかんだ。
「いや、もう死んでるし……」
「三人とも、静かにしてください」
結局、游舞は栖梧に寝台へ戻された。
全身の痛みに涙目になりながら、それでも朗峻の記録が映る板だけは胸元へ抱えている。
「二週間……」
「おい、もう動くなよ」
「分かってる……」
游舞の目は、まだ闘志に燃えていた。
「絶対治す……!」
「まずは安静にしてください」
「……はい」
コメント
1件
ああ、めっちゃ分かるわこれ。游舞が「煮えてた」って言い張るのに栖梧が「煮えてません」で返すとこ、なんかもうお約束すぎて笑ったw 今回一番刺さったのは、猛禽と陸獣が游舞の寝てる間に三人分の遊泳場枠押さえてたとこ。水温も調べてるし、ちゃんと学んでるじゃんって思わずにやけた。最後の「絶対治す!」→「まずは安静に」の流れ、栖梧の冷静さが光るわ。朗峻の記録に登場したのも嬉しいサプライズやったな。
莉久⚁⚄[低浮上]
33
#ご本人様には関係❌