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#怪異
イキリ火の玉
1,443
妖怪討伐……その失敗から五日が経った。明日はいよいよ満月。
「タラタラしねんじゃねーよ!」
努はボロ着の中年男に蹴られて顔から畑につっこんだ。だけど文句一つ返すことは出来ない。何故なら今は下層民である中年男よりさらに下の立場だからだ。
討伐隊のメンバーはこれからしばらく生け贄候補として決まっていた。だからといって逆らうことは出来ない。
「一人だけは生け贄候補から外してやろう」
奥原の一言で反乱もしないし従順にもならざるをえなかった。村人の中では生け贄が決まった者として日頃の鬱憤も合わせて過度に酷い扱いをしていた。
「わざとこけてんなよ?」
鍬の柄で腰を殴られる。以前この中年男が似たような暴力を奥原の取り巻きにやられていたことを思い出していた。
だが、この酷い扱いはまだ耐えられた。本当に辛いことはいつも夕刻から始まる。
『アオ様に捧げます。赤い美酒を捧げます。赤い肉を捧げます。月満ちる夜に見つけても、どうか私たちに祝福を』
すでに努も覚えた祝詞をつぶやきながら拷問屋敷を回る。一通り儀式が終わると重い足取りで中に入った。
「ぁぁぁ……やめてぇ……」
薄暗い部屋の中で沢村の惨めな声が聞こえる。
五日前、妖怪討伐に失敗した日に討伐隊から次の生け贄を選べと言われて沢村は反乱を企てた。奥原を人質にとって村を支配しようとしたのだ。
討伐隊の生き残りである村人三人に協力を要請したが難なく裏切られた。村人達は奥原に沢村の反乱を密告して奥原の取り巻き達と協力して沢村を取り押さえたのだ。
いくら沢村がケンカ上等とはいえ多勢に無勢、すぐに捕らえられて生け贄に選ばれた。寝耳に水だった努だが奥原の命令で儀式に参加させられることになった。
拘束された沢村。拷問屋敷の真ん中にある木の椅子に全裸で手足を縛れている。
「てめえ! こんなことが許されると思っているのか!! おい! 長岡、すぐにこの縄を外せ! こいつら全員ぶっ殺してやる!」
噛みつきそうな勢いで叫ぶ沢村。しかし威勢がよかったのは最初だけだった。生爪を2枚剥がされただけで泣いて助けを求めるようになった。奥原はその惨めな姿に満足すると努に命令した。
「こいつの毛を毟れ」
「え?」
最初は意味がわからなかった。
「道具は使うな。手で掴んで毟るんじゃ」
努は命令に従うしかなかった。最初は暴れていた沢村も何度も失敗して一つかみの髪が毟られるころにはすっかり大人しくなっていた。
それ以来、努は毎日儀式に参加させられるようになり沢村の髪を毟る役をやらされた。沢村のアフロヘヤーは三分の一ほど毟り取られている。全部努が毟ったのだ。
「ほれ、さっさと毟れ」
最初こそ拘束された状態でも暴れて騒ぎまくった沢村も今は大人しい。拷問を受けているときも抵抗せずに耐えるほうが楽だと悟ったみたいで、奥歯を噛みしめて耐えていた。
「すみません……すみません……」
何度も謝りながら沢村の髪をひっぱる。しかし力が入らずなかなか抜けない。村人たちはそんな二人を見ながら笑っていた。
時間がかかるほど苦しいのはわかっていたので勢いよく引っ張る。ブチブチという嫌な音と共に苦悶の声が漏れる。毟り取った髪には頭皮がこびりつき毟ったあとには血が滲んでいた。
「あぁ……やっぱり知っている人のほうが興奮するわねぇ」
ミサは相変わらず儀式に参加していた。自分で手を下すこともあったが最近は見ていることのほうが多かった。
「あねさん、助けてくださいよぉ……」
沢村の哀れな懇願。前歯は上下とも全部ペンチで抜かれていた。耳は片方切り取られている。それはミサがやった。体は色々なところに小さなクギが刺されていた。
そして顔にはあの目の前にクギ先が来る器具がつけられている。きっと明日、そのクギに目玉は潰されるのだろう。
「あねさぁん……」
沢村の懇願もミサはまるで聞こえていないようだった。時間にすれば30分もなかったがまるで一日そうしていたかのようにどっと疲れが押し寄せる。
「明日じゃ。明日お前が死ぬまで嬲ってやるからのう」
奥原は沢村の耳元でそう言う。とても仕方なくやっているようには思えなかった。
この村はよくも悪くも生け贄によって成り立っている。梶はそう言っていた。生け贄の恐怖で秩序を保ち団結を促しているのだと。
しかし理由はもう一つあった。昔、ヨーロッパではギロチンや魔女の火あぶりを見て庶民は喜んでいたという。娯楽の少ないこの村で生け贄の拷問は娯楽になっていた。
コメント
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やっと読み終えました……いや、読み終えたくないのに終わってしまった、というのが正直な気持ちです。 この1話だけで空気が変わりましたね。前の話までと空気がまるで違う。努が強者のように振る舞わなければならない夜。沢村の変わり果てた姿。生爪を剥がれたことで泣いて助けを求めるようになる人間の脆さ。何より努に毛を毟れと命じて、それに従わされる構造——「苦しいほど伝わってきました。 「知っている人のほうが興奮する」のミサさんの一言で、この儀式が「秩序」のためだけじゃない、娯楽として根付いている嫌な感覚が一気に色づいて——努の「こんなの仕方なくやっているようには思えなかった」が胸に刺さります。 明日は満月。このまま沢村が目を潰されて終わるのか……それとも何か起きるのか。続きが知りたいけど、見たくないような……そんな葛藤をくれる濃密な読後感でした。八頭道尾さんの描く「善悪のグラデーション」が本当にリアルでした。