翔は赤黒い空を見上げながら、異常な空気に息が詰まるのを感じた。目の前の少女は、どこか神々しい雰囲気すら漂わせている。その微笑みは無邪気でありながら、背筋を凍らせる冷たさを帯びていた。
「ここは……どこだ?」
翔は声を震わせながら尋ねた。
「ここは“神隠しの庭”。悪いことをした人や、余計なことに首を突っ込んだ人が来る場所。」
少女は黒い鈴を軽く振りながら答える。その音は耳を刺すように鋭く、周囲の空間がわずかに揺れるように感じられた。
「楓はどこだ!? 返せ!」
翔は叫んだが、少女は肩をすくめるだけだった。
「彼女は別の場所にいるよ。でも、助けたければ自分で見つけて。」
「どういうことだ!?」
翔が詰め寄ろうとすると、突然、地面が裂けるように開き、黒い霧が噴き出した。その中から無数の手のようなものが現れ、翔の足元を掴もうとする。
「逃げたければ、早く動くことだね。」
少女の声は楽しげだったが、そこには一切の慈悲がなかった。
翔は必死に走り出した。足元から伸びる黒い手は執拗に追いかけてくる。振り払おうとするたびに、まるで生き物のように動き、ますます絡みつこうとしてきた。
「こんなところで終わるわけにはいかない!」
彼は心の中で叫びながら、霧の中に突っ込んだ。
霧を抜けると、視界が一変した。そこは廃墟と化した遊園地のような場所だった。壊れた観覧車が不気味に軋み、風に揺れる錆びたメリーゴーラウンドからは、不気味な音楽がかすかに流れていた。
「楓! 楓、どこにいるんだ!?」
翔は声を上げて走り回ったが、返事はない。ただ、代わりに誰かの囁き声が耳元で聞こえる。
「見つけられるかな?」
翔は振り返ったが、そこには誰もいない。しかし、観覧車の下に黒い影が揺れているのを見つけた。影の中には、かすかに人影が浮かび上がっていた。
「楓!」
翔は全力でその場に駆け寄った。しかし、影の中から現れたのは楓ではなく、誘拐犯の男だった。
「お前……!」
翔は驚きで足を止めた。男はぼろぼろの姿でこちらを睨んでいる。
「逃げられると思ったか……? 俺はずっとここであのガキに遊ばれてるんだ……!」
男の声は怒りと絶望が入り混じっていた。
「ガキ? あの少女のことか?」
「そうだ……あいつはただの子供じゃねえ。俺をここに閉じ込めて、毎日、毎日――」
男が話し終える前に、再び黒い霧が湧き上がり、彼を覆い尽くした。
「待て、話を――」
翔が声を上げる間もなく、男の姿は消え、霧の中に飲まれてしまった。
「面白いね。」
背後から、あの少女の声が聞こえた。翔が振り向くと、少女が黒い鈴を手にしてこちらを見ていた。
「どうして俺をこんなところに連れてきたんだ!?」
翔は怒りを込めて叫んだが、少女は笑みを崩さなかった。
「あなた、気づいてないの? あなた自身が“神隠し”に選ばれた理由を。」
「理由……?」
翔は息を飲んだ。
「この世界に来るのは罪を犯した人だけじゃない。真実を求めすぎた人、そして自分の運命を知らずにいた人――。」
少女の言葉に、翔は言い返せなかった。胸の奥に、何か触れられたくない秘密があるような気がしたからだ。
「君は――一体、何者なんだ?」
少女は黒い鈴を強く振った。その音が響き渡る中で、彼女は言った。
「私は神隠しそのもの。あなたが逃げられるかどうか、最後まで見届けるよ。」
そして、鈴の音とともに翔の視界は一瞬で暗転した。
次に翔が目を開けたとき、彼は楓と一緒にいた。だが、その場所は見覚えのある倉庫だった。
「翔……? 何があったの?」
楓が混乱した声で問いかける。
「わからない……でも、俺たちは――」
そのとき、倉庫の隅に置かれた黒い鈴が微かに揺れた。そして、少女の声が耳元でささやいた。
「まだ終わりじゃないよ。」
翔は背筋を震わせながら、鈴を睨みつけた。それはまるで、また何かが始まることを告げているかのようだった。