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翔は楓と共に倉庫を出た。だが、どこか現実感が薄れていた。足元がふらつき、風景が歪んで見える。あの異世界の霧がまだ残っているような気がして、夢のように感じられた。だが、目の前に広がる街の風景は、確かに現実のものであることを教えていた。
「翔、さっきのこと……本当に、夢じゃないよね?」
楓の声が震えていた。彼女の目も、何かに取り憑かれたように輝いている。
「わからない……でも、あれは現実だった。俺たち、あの神隠しの場所にいた。」
翔は力なく答えた。自分の言葉に、あまりにも信じられない思いがこみ上げてくる。
歩きながら、二人は無言でいた。街の灯りが夜の静けさを照らしている。しかし、翔はそれを見ても心が落ち着くことはなかった。あの鈴の音、少女の笑顔、あの場所に引き寄せられたような感覚。全てが現実であってほしくなかった。
「帰ろう、翔。家に帰って、少し休もう。」
楓が静かに言った。その言葉は翔を現実に引き戻したような気がした。
二人は駅に向かい、電車に乗り込んだ。駅のホームは静かで、乗客もまばらだった。電車が走り出すと、翔はその座席に座りながら、まだ胸の中に残る不安を抑え込もうとしていた。
「翔、あの少女……何だったんだろうね?」
楓が小さな声でつぶやく。
「知らない……でも、ただの人間じゃない。」
翔は言ったが、言葉には確信がなかった。少女の目、鈴の音、神隠しの世界。すべてが混ざり合い、今も頭の中を渦巻いている。
車内の明かりが一瞬、ちらついた。翔はそれを気にしながら、視線を窓の外に向けた。だが、その先に広がる街の景色が不自然にぼやけて見える。まるで、何かが隠れているような……
「ねぇ、翔。」
楓が再び話しかけてきた。声が少し大きく、翔の肩がびくっと震える。
「なんだ?」
翔が振り向くと、楓は少し驚いた顔をしている。
「今、外に……誰かいる?」
楓が指差す先を見て、翔の心臓が一瞬止まった。外の夜景に混ざって、はっきりと一人の少女の影が見えた。彼女は駅のホームに立って、こちらをじっと見つめている。
「まさか……あの少女?」
翔が声をひそめた。彼の目がぎょっとしたまま、少女に釘付けになった。
「翔、行こう。もうここから降りよう。」
楓が強く言った。その声には不安と恐怖が混じっていたが、翔はそれでも動けなかった。目の前の少女が、まるで何かを確かめるかのように、こちらを見つめているからだ。
「……でも、もしあれがまた……」
翔が言いかけたそのとき、電車の車両が急に揺れた。大きな音を立てて、車両がひどく揺れる。
「何だ!?」
翔が叫び、すぐに立ち上がると、電車は急停車した。
その瞬間、車内に一瞬、真っ暗な闇が広がった。数秒後、明かりが戻ったとき、外の少女の姿は消えていた。しかし、どこかから鈴の音が聞こえてくる。
「鈴……?」
翔は息を呑んだ。まるで彼の頭の中に響くように、その音が鳴り響いている。
「もう、帰ろう。絶対に、家に帰って何も考えないようにしよう。」
楓が翔の腕を掴み、引っ張りながら言った。
翔はその後、家に帰る道を急いだ。夜遅く、静かな街並みが二人を包み込んでいた。だが、その夜、翔の胸にはずっと鈴の音が響き続けていた。
彼はその音が、どこから来るのかを確かめることができなかった。それは彼の頭の中で鳴り続けていた。
その日から、翔の生活は少しずつ変わり始めた。昼間でも鈴の音が聞こえ、夜が来ると再び少女の姿が目に浮かんでくる。翔はその存在が、もはやただの幻ではないと感じていた。
そして、何より怖かったのは、鈴の音が、彼の生活の中で日に日に強くなっていくことだった。それが、もう逃れられない証のように――。