コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
シンセロ侯爵領、時計の街イストリア。大きな時計台が目印の歴史深い街である。
この街は王国の主要都市の1つに数えられることに加え四方に魔泉が存在するため、特に軍隊と聖教騎士団、そして冒険者によって日々魔泉への警戒が続けられている街でもある。
そう、冒険者だ。
冒険者にとって活動しづらい地域の多いエストジャ王国だが、このシンセロ侯爵領はどうやらそうでもないらしい。
特に優遇されるわけではないが普通に活動できるため、それなりに冒険者の姿も街中で見掛ける。
そしてここにはシンセロ侯爵の屋敷もある。
特に用事がない時、シンセロ侯爵は領地内の屋敷にいるらしいので今もこの街にいるのかもしれない。
「うまく協力できそうでよかったね、主様!」
「そうだね。やっぱり人が多いと安心して戦えるし、私たちの負担も結構減りそうだよね」
多くの戦力がここに集まっていることもあり、これから向かう魔泉には私たち以外にもこの街の防衛に充てられたグループ以外は同行してくれることとなった。
勿論、魔素鎮めを行えるのは私たちだけなのだが魔物や邪魔と戦うのは冒険者や兵士たちにもできる。
特に邪魔は通常の魔物よりも強くなっているが、冒険者や聖教騎士団の中には腕利きの者も多くいるので、彼らが対処してくれることだろう。
私たちは彼らが対処しきれない相手を対処すればいい。
ヒバナやシズク、ダンゴは相手が余程の強敵でない限りは私とハーモニクス状態にならなくても倒せるだろうし、強敵が現れたときはそれこそ【ハーモニック・アンサンブル】が切り札となる。
「前みたいに微妙な空気になるのは嫌だからね」
「ほ、他の人、本当に付いてきただけだったもんね」
ヒバナとシズクがこんなことを言うのには理由がある。
救世主として本格的に他の人と肩を並べて戦うのは今回が初めてではないのだ。
実はゲオルギア連邦で活動していた時も2回ほど今回のような経験があった。
その時はまだハーモニクスを切り替えながら1人で戦っていたようなものなので、共闘と言えるかは微妙なところである。
だが、これからの戦いは違う。共闘相手との足並みを揃えて無理のない戦いをするつもりだ。
「お姉さま~。力まず~伸び伸びと~がんばりましょう~!」
「はぁ……そういうあなたはいつも緩みすぎ。もうちょっと力んでなさい、丁度良くなるわよ」
「え~、わたくしは~いつも~気合十分なのに~」
ユルマルのぬいぐるみを抱いて、仰向けに寝転んだ姿勢で浮いているノドカにヒバナが冷静にツッコミをいれる。
当のノドカはヒバナの言葉もどこ吹く風、気持ちよさそうにその目を閉じてしまった。
その様子を見てため息をついたヒバナだったが、すぐに苦笑を浮かべていた。
ノドカは気を抜いている間もしっかりとやるべきことはやってくれているので、ヒバナもそのままでいいと思ってそこまで真剣に言ってはいなかったのだろう。
「あっはは! ボク、ほかの人たちと一緒に戦うのが楽しみになってきたなぁ。はやく明日になって思う存分戦いたいね! コウカ姉様とアンヤもそう思うでしょ?」
「……さぁ、どうでしょう?」
「……別に」
「えー! 2人とも、ノリが悪いなぁ」
素っ気ないコウカとアンヤの反応に同意を得られなかったダンゴが頬を膨らませる。
聞く相手が悪かったと言わざるを得ない。コウカはまだしも、アンヤはそういうアグレッシブなタイプではないだろうに。
「ノリが悪いなぁ、じゃないでしょ。楽しみにしているところ悪いけど、明日は常に全力で戦えるとは思わないことね」
「えっ、どうして?」
ダンゴが虚を突かれたような反応を見せる。
私はヒバナが何を言わんとしているのかが理解できた。
地面が陥没する勢いで敵を叩きつけたり、攻撃の反動で木を真ん中から折ったりとダンゴが戦った後の戦場は中々酷いことになるのだ。
「ダンゴ、あなたが思う存分に力を振るった後は大抵酷いことになってるのよ。もっと力をセーブすることも覚えなさいな」
「……せっかく力があるのに全力を出しちゃ駄目なの?」
「私たち以外に誰かいる時はね。他人の迷惑になったり、嫌われたくなかったらそうしておきなさい」
「そっかぁ……うん、わかった。ヒバナ姉様の言う通りにする」
少し優しい語調で諭すようなヒバナの言葉にダンゴは渋々ではあるものの納得するように頷いた。
たしかに、他人と関わる以上気遣いというものは大切だ。それは相手が見知らぬ誰かだったとしても同じことが言える。
魔物を倒すためとはいえ、地形を滅茶苦茶にするのはあまり良いことではない。
一緒に戦ってくれている人は勿論のこと、後に訪れる人にも迷惑が掛かるし、この国に住む人たちの中にはそのことから私たちへの心証を悪くしてしまう人も出てくるだろう。
「よしよし。ダンゴちゃん、いい子だね」
「えへへ……そうかな」
「うん……だけどね、あ、あたしは力のセーブとか普段からあんまり考えなくてもいいと思うな」
そんなシズクの言葉に一番驚いていたのはヒバナだった。
双子の片割れであるシズクが自分とは違う意見を発したからだろうか。
「勝手に修復されるダンジョンだったらダンゴちゃんが思うまま戦ったらいいと思うし、地上で戦う時も力の使い方を少し変えてみたりとか、戦いが終わった後で修復したりすればいいと思うよ。ほら、あたしがいつもひーちゃんの残り火を消したりしてるでしょ?」
「あ、そっか」
火属性魔法はどうしても標的以外にも被害が広がってしまいやすい。そのため、戦いの後に水属性の魔力を持つシズクが消火するのは割といつもの光景ではあった。
シズクの話を微妙な表情で聞いていたヒバナが口を開く。
「ちょっとシズ、ダンゴを甘やかしすぎ。ダンジョンの話とか力の使い方を変えるっていうのは概ね同意するけど、普段から力を抑えることには慣れておいた方が絶対にいいわ」
「それはあたしもわかってるけど、慌ててやる必要はないよ。ダンゴちゃん自身が今の力に十分慣れてからでいいと思うし、今は過剰気味でも慣れてくれば自然と適正な威力に抑えられるようになるはずだよ」
「そんな悠長なことを言ってる場合? 明日は他の人間も一緒よ。いざという時に力加減を誤りでもしたら、事故とはいえ他人を傷つけることになるかもしれない」
「変に気を回すほどのことでもないと思うけどな。人が死んじゃうような力の暴走なんてよっぽどだし、普通はありえないって分かるでしょ?」
「もしものことがあるでしょう。他人を傷つけるとまではいかなくても、少しでも悪く思われるようなことがあっただけでもあの子は傷付くわよ」
「変に意識して、上手く戦えなくなったらどのみち同じことになると思うけどね」
珍しいものを見た。ヒバナとシズクに意見の対立が起こることなど、今まではまずなかったと言っていい。
今回も概ね意見は一致していて、少しズレた主張が平行線を辿っているだけだ。
とはいえ、こうして少しでも対峙すること自体が珍しい。
この子たちは元々同一のスライムだったという話だが、考え方にもまた少し差異が生まれ始めているということだろう。
しかし、これは悪いことではないと思う。
生まれる前から一緒にいるからお互いがお互いの一番の理解者というのは変わらないだろうが、ヒバナはヒバナ、シズクはシズクという確固とした個々を確立するのは彼女たちの成長に繋がるのではないだろうか。
だから、私はこの対立をしばらく見守ろうとしていた。
――そんな時だった、彼女たちの会話にダンゴが乱入していく。
「姉様たち、喧嘩しないでっ! ……ボクのせいなの?」
ダンゴが不安そうな表情を浮かべた。
それにはヒバナとシズクも大いに慌てる。
「べ、別に喧嘩してたわけじゃないのよ」
「う、うん。ダンゴちゃんは心配しないで……ね?」
示し合わせたかのように彼女たちはダンゴの頭の上に手を置き、慰める。
それにより、ダンゴも元気を取り戻しはじめた。
――よし、そろそろ私も介入しても良い頃合いだろう。
「あはは、2人ともダンゴが大好きなのはよく伝わったよ。でも、ちゃんとダンゴ本人の気持ちも聞いてみないと駄目だよ」
「なっ……べ、別に好きとかじゃ……」
顔を赤くしたヒバナが髪をクルクルと弄りながら顔を逸らす。
――そこは軽く流して欲しかったんだけどな。
この子が照れ隠しの時にする動作はもうすっかり見慣れてしまったので、少し微笑ましくもなる。
しかし、そのまま言葉通りに受け取ってしまう者もいた。
「えっ……」
ヒバナのこの発言にダンゴがショックを受けて固まってしまっている。
悲しいかな、ダンゴは素直すぎるが故に人の言動をストレートに受け取ってしまいがちなのだ。
しまった、と顔に書いているヒバナにダンゴ以外全員の視線が集まる。
「あ……え、えっと、違うの。その……あ、あの……」
赤かった顔が一転して青くなり、口を開こうとしてはまた赤くなって口を閉ざす。その繰り返しだ。
だが、やがて思い切ったかのように彼女は叫ぶ。
「さ、察してよっ!」
察せなかったからこうなったわけなのだが、見事な無茶ぶりであった。
「ヒバナお姉さま~、それは~あんまりです~」
「わたしも、さすがにどうかと思います……」
あのノドカやコウカですらも呆れた目線をヒバナへと向けている。それが何だか可笑しかった。
突然、私が笑いはじめたせいでみんなの視線が私に集まるがそれも悪くない気分だ。
この後、ヒバナとダンゴのフォローに奔走したのは言うまでもない。
フォローの甲斐あって、すっかり元気を取り戻したダンゴと茹蛸の如く顔を赤くしたヒバナ。
ヒバナとシズクによる意見の対立もダンゴが自分の意思をしっかりと示したことで解決し、もともと妹のことを想って意見をぶつけ合っていた2人もダンゴの意思を尊重して、それをすぐに受け入れた。
そのため今は顔の赤さ以外、普段通りの本を読みながら歩くシズクとその腕を引くヒバナへと戻っている。
結局ダンゴは明日、周りに被害が及ばない方法を意識しながら戦うことにしたようだ。
具体的にどうすると決めたわけではないが、あの子は難しいことを考えるよりもどうしたいかだけ決めて、後は心の向くまま好きにやったほうが上手くいくタイプだろう。
「ご機嫌だね、ダンゴ」
ニコニコとした表情で鼻歌交じりに歩くダンゴへ話しかける。どうして機嫌がいいのかなんて分かり切っているのだが。
「うん! だってヒバナ姉様がボクのことを大好きだって分かったからね! こういうのって両想いってやつなんでしょ?」
「ちょっ……そこまでは言ってないでしょ! そ、それにそのりょ、両想いとか使い方間違ってるのよ! どうせシズよね、教えたの! 教えるならちゃんと教えてよっ!」
真っ赤な顔でシズクに詰め寄るヒバナ。若干、八つ当たりのような気がしないでもない。
ダンゴの表現は確かに誇張気味だが、そこまで的外れでもないだろう。
回りくどい言い方ではあったが、ヒバナなりにダンゴのことを可愛がっているというか、大切に思っているのは言葉の節々から感じられる。
そもそも、子供っぽくもある無邪気さで自分のことを慕ってくれるダンゴを嫌う方が難しいのだ。
誰にでも積極的にスキンシップを求めて来るダンゴだが、不快な強引さは一切ない。
アンヤに対しては強引さが目立つが故に、彼女から少々鬱陶しがられている節はあるが決して嫌っているわけではないと思う。
毎回、何だかんだしばらくの間は大人しくダンゴからのスキンシップを受けているからだ。
本当に嫌だったら、すぐに影に潜るなりして逃げ出すだろう。
そんなアンヤだが全員がヒバナやダンゴに視線を向ける中、何故か彼女だけは進行方向の先をジッと見つめていることに気が付いた。
彼女はどうやら何かを観察しているようで、ほんの僅かな警戒心も感じられる。
「どうかした、アンヤ?」
「……誰か来る」
問い掛けると私の顔を一瞥したアンヤだったが、すぐに視線を戻したのちに呟いた。
私とアンヤのやり取りを聞いていたコウカと一緒に、私はアンヤの視線の先を見た。
……確かに彼女の言う通り、茶髪の男性がまっすぐ近付いてきているのが分かった。
コウカが武器を手にしないものの、警戒心を滲ませながら少し前に歩み出る。
「よっ、久しぶりだな。ユウヒちゃん……いや、救世主様って呼んだ方がいいのか?」
如何にも知り合いのように絡んでくるが、その顔に見覚えはなかった。
さりげなくコウカに目配せするが、無言で首を横に振られる。
そのまま私たちのやり取りに気が付いた残り全員にも視線を飛ばしたがみんなの顔に疑問符が浮かんでいただけだった。
特に誰も見覚えがないらしいので、そそくさと退散することとしよう。
「えっと……どうも。どうぞお好きな呼び方で呼んでください。では急いでいるので、私たちはこれで失礼しますね……」
「ちょ、待て待て待て! その反応、まさか俺のことを覚えてないのか!?」
しつこく突っかかってくる男性に対して、怪訝な顔をしたコウカが口を開く。
「あなたなんて知りません。これ以上、わたしたちに話しかけてこないでください」
「いーや、知っているはずだぜっ。君は元、黄色いスライムなんだろ? だったら会ったことあるはずだ!」
「えっ……」
一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべたコウカだったが、頭を振ると男性のことを拒絶する。
「ふん、しつこいですよ。知らないって言っているでしょう。確かにわたしはあなたの言う黄色いスライムです。でも、そんなことは少し調べればすぐに分かります。……たぶん」
そんな時だった。私の顔に影が掛かると同時に甲高い動物の声が響き渡ったのだ。
私はその影の正体を探ろうと空を見上げた。
――鳥?
その鳥は円を描くように私たちの頭上を飛びながらゆっくりと降下してくる。それに伴い、鳥の姿がはっきりと見えるようになってきた。
いや、あれはただの鳥ではない。魔物だ。隼に似ているが何度か戦ったこともあるから知っている。
“レブルファルコン”それがあの魔物の名前だ。
だが、足に赤い布が巻き付いていることから誰かの従魔であることが伺えるので焦る必要はないだろう。それにしてもテイマーがいるとは少し珍しい。
私がレブルファルコンに釘付けになっていると、地上で騒いでいた男性が大きな声を出した。
「思い出してくれ! 俺だよ、俺! カミュ! 同じテイマー仲間だろ!?」
「…………あっ」
思い出した。
鳥の従魔とテイマーという単語をヒントに、私は何とか正解を掴むことができたのだった。
「えっと……お久しぶりです、カミュさん」
テイマーのカミュさん。珍しいテイマー同士ということで交流を持ったことがある人物だ。
私がこの世界に来てから最初にラモード王国へ行くまで、お世話になっていた冒険者であるミーシャさんと別れる直前に出会った気障ったらしい印象の男性。
彼はミーシャさんとかつてパーティを組んでいた仲でもあったはずだ。
なまじテイマーとしての印象が強く、それ以外が薄かったためにカミュさん単体だと思い出せなかったのだが、さっきまで明らかに知らない人への対応をしていたために大変気まずいどころではない。
「俺の心は深く傷ついたぜ……その子からは明らかに警戒されていたしな……」
「ほんっとうにごめんなさい」
「ええと……すみません」
落ち込むカミュさんに全身全霊で謝る。コウカも戸惑い気味に謝罪を口にした。
この感じから予想するに、多分コウカはカミュさんのことを覚えていないのだと思う。
とりあえず私の対応を見て、謝っておいた方がいいと判断したのだろう。
そして後ろからは内緒話が微かに聞こえてくる。
「誰? シズは分かる?」
「さ、さぁ……?」
「あなたたちは?」
ヒバナが妹たちに問い掛けていた。
初めて会うノドカとその妹たちは仕方がないのだが、ヒバナとシズクは会ったことがあるはずだ。だというのに思い出せたのが私だけって。
彼女たちの会話はカミュさんには聞こえていないだろうが、それでも彼は落ち込んでいた。
そんなカミュさんの頭の上に彼の従魔が舞い降りてきた。
「イッテェ!? なんだよ、プライド! うじうじするなってか……分かってるっての、いやちゃんと分かってるからやめろって!」
かぎ爪でカミュさんの髪の毛を引っ張るレブルファルコンのプライド。そう、たしかそんな名前だった。
私が呑気に記憶を整理している間も彼らのじゃれ合いは続いていた。