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昼のカフェは、
夜よりもずっと残酷だ。
照明は白くて、
音楽は邪魔にならない音量で、
人の表情が、全部はっきり見える。
偶然だった。
本当に、
ただの偶然。
仕事の合間、
通りを歩いていた時。
ガラス越しに見えた、
見慣れた後ろ姿。
——R。
一瞬、
足が止まる。
彼女は、
一人じゃなかった。
向かいに座っている男。
年は、近い。
派手じゃない。
でも、距離が近い。
二人の間に、
夜の匂いはない。
昼の、
普通の空気。
男が笑って、
彼女も笑う。
その笑い方が、
知らないものだった。
肩の力が抜けていて、
警戒がなくて、
“構えていない”。
——ああ。
俺の前では、
見せない顔。
胸の奥が、
きしっと音を立てる。
聞こえた。
はっきりと。
「レイ」
その一言。
男は、
彼女をそう呼んだ。
自然に。
説明もなく。
当たり前みたいに。
レイ。
……知らない。
俺は、
その名前を知らない。
Rのことを、
俺は“R”としか呼べない。
商品名。
肩書き。
記号。
なのに。
あいつは、
名前を呼んでる。
俺の知らない、
距離で。
俺の知らない、
時間を共有してる。
喉の奥が、
熱くなる。
視線を逸らそうとして、
できなかった。
彼女が、
楽しそうだったから。
心の底から、
安心した顔で笑っていたから。
——なんだよ、それ。
ふざけんな。
俺は、
何百人も女を見てきた。
勘違いさせて、
期待させて、
依存させて。
それが、仕事だ。
なのに。
今。
胸の内側にあるのは、
営業でも、
計算でもない。
ただの、
不快感。
奪われた感じ。
自分のものでもないのに、
失ったみたいな錯覚。
男が、
彼女のスマホを指差す。
二人で、
同じ画面を覗き込む。
近い。
近すぎる。
——触ってもいないのに。
——奪われてる。
気づかれないように、
店を離れる。
背中を向けた瞬間、
全部、崩れた。
「……くっそ」
声が、
漏れる。
誰もいない路地で、
ポケットの中の
タバコの箱を
音も立てずに、握り潰す。
意味なんて、
分からない。
理由も、
整理できない。
でも、
これだけは、はっきりしてる。
「なんで、
俺じゃないんだよ」