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「王国の姫よ! さあ、その魂を捧げるのだ!」
そう叫び、邪悪な魔王はお姫様を生贄にしようと大鎌を振り上げた。
お姫様は恐怖で震えていたが、決して泣かなかった。
なぜなら、お姫様は信じていたのだ。
きっと勇者様が私を救いに来てくださる――だから私は泣かない。
そして、大鎌がお姫様に振り下ろされそうになったその時。
「魔王よ、待て! お姫様を殺させはしない!」
凛とした声が響き、邪悪な魔王は驚いて大鎌を止め、声の方へと振り向く。そこには聖なる剣を携えた勇者が立っていた。
「勇者様! 助けに来てくださると信じていました!」
「お姫様、私が来たからにはもう大丈夫。あなたは必ず守ります!」
その瞬間、お姫様は安堵と喜びで大粒の涙をこぼした。
私は絵本を閉じると、ふう、と深い溜め息を吐いた。
ベッドで横になっている私は頬に熱が帯びるのを感じながら優しく絵本を胸で抱き締める。
この絵本のタイトルは『お姫様の勇者様』で、王国中の子どもなら誰もが知っているほど有名な作品。
タイトル通り、勇者がお姫様の危機を救い、数々の試練を乗り越えた末に結婚して幸せになるという、ありふれた子供向けの物語。言ってしまえば、ご都合主義満載の子供だましといったところだ。
しかし、そんな子供だましの作品から今も抜け出せない自分がいた。
私は17歳になった今でも、子供の頃からこの絵本を何度も読み返してはその度に深いため息をつき読後の余韻に浸っている。
そして、頭の中で嫌な思い出がフラッシュバックする度に私も絵本のお姫様のようにこう呟くのだ。
「だから、私は泣かない……!」
この絵本は私の宝物。アネモネ御義母様から生まれて初めていただいたもので、幼い私は一晩で何度も御義母様に絵本を読んでくださるようにおねだりしたのを覚えている。
特に興奮したのはお姫様のピンチに勇者様が駆けつけるシーン。
いつか私にも勇者様が現れればいいな、と子供心に憧れたものだ。
そして、それと同じくらい好きだったのがお姫様というキャラクターだ。
お姫様はどんなピンチに陥っても決して諦めず泣かない。どんな状況でも勇者様を信頼し、自分も決して諦めない強い心の持ち主。
私もお姫様のような強い心を持つ人間になりたい。
その想いが大人になった現在でも心の支えになり、幾度となく世の中に絶望しかけた私に勇気を与えてくれた。恥ずかしながら彼女は私の憧れであり希望でもあったのだ。
私はもう一度溜め息を吐く。
正式な聖女に叙任されたのは今から2年前のこと。呪物人間と蔑まされた私は聖女に相応しくない、と当初は否定的な声が強く上がっていたのだけれども、大聖女であるアネモネ御義母様の鶴の一声で私の聖女就任があっさりと決まった。
それからの私は王国の皆に認められたくてほぼ一年中、不眠不休で働き続けてきた。
今では功績が認められ、表立って私を罷免しようとする声は消えたものの、その代わりに少しのミスも休むことも許されないような空気が漂うようになっていた。
222
#追放
ぬいぬい
4
今日はアネモネ御義母様のご配慮で、なんと三か月ぶりに半休をいただけたので、明日もなんとか聖女の務めを頑張れそうだ。
お夕飯の時間までもう少々時間がある。それまでひと眠りしましょうか。
その時、突然、私の安寧の時間を台無しにするかのように部屋のドアが乱暴に開く音が響き渡った。
「入るわよ⁉」
義妹のダリアが、ぶしつけに部屋にずかずかと入ってくる。
「ダリア。いくら家族でもノックしてから入って来てくれないかしら?」
「ここは私の家よ⁉ そんなこと、他人のお前なんかにとやかく言われる筋合いはないわ! そんなことよりも話があるの」
私の反論を無視し、ダリアは話を続けた。
「これはお願いなのだけれども、お前、この家から出て行ってもらえないかしら? いえ、そうじゃないわね。この国から出て行ってちょうだいな」
それのどこがお願いなんだろうか? 私にはいつもの理不尽な要求にしか聞こえない。いえ、今まで家から出て行けと強要されたことは何度もあったけれども、国を出て行けと言われたのは初めてだった。
ダリア、いつも以上に強気だけれども、何があったのかしら?
ダリアのいつになく強気な態度に違和感を覚えつつも、はい、そうですかと頷くわけにはいかない。
「ダリア、いくらなんでも横暴が過ぎるわよ? それに、私がいなくなったら困るのは貴女達じゃない」
「ふん、道具の分際で偉そうに。お母様の他にもこの国には私を含めて優秀な聖女が大勢いる。お前なんかがいなくっても国を守れるに決まっているじゃない」
「いいえ、それは無理よ」
「それはどういう意味⁉ まさか私がお前に劣っているとでも言いたいの⁉」
「違う。そういう意味じゃないの」
ダリアを含む他の聖女達全員が実力不足だって言ってるのよ。
それを言えばダリアは激高して何をしてくるか分からないので、私は出しかけた言葉をグッと飲み込んだ。
「ダリア達はもう少し努力した方がいい。そうすればいつかアネモネ御義母様みたいな大聖女になれるって言いたかったの」
それは嘘じゃない。でも、実際の問題は深刻だった。
確かにこの国にはアネモネ御義母様を除いて私の他に9人もの聖女がいる。でも、彼女達はまだ未熟で一人では何も出来ないのが現状だ。魔物の浄化には騎士団や他の神官達の助けが必要だし、聖女像に魔力を込める作業だって半日かけてやっと達成出来るというありさまだ。
私なら単独で魔物の浄化も出来るし、聖女像への必要な魔力の注入も数分あれば完璧にこなすことが出来る。
他の聖女達は、自分でも気づかないうちに私に頼り、納得できる言い訳を作っては、ほとんど聖女のお役目押し付けてきた。
誰も好き好んで魔物と戦いたくはないだろう。その点は理解出来た。かくいう私だって魔物と戦うのは怖い。ダリアのように惰眠を貪り優雅に午後のお茶を楽しみたいのが本音だ。
私が頑張れば頑張るほど、ダリア達は魔物の脅威から王国を守ってきた功績を自分達の手柄だと思い込み、驕り高ぶり己の力を過信するようになって次第に努力を怠るようになっていった。
その結果、午後のティーパーティーや王侯貴族相手の夜会が、すっかりダリアたちの主な舞台となっていた。
今や全体的な聖女の力は衰退の一途をたどり、現役の聖女の中でまともに魔物と戦える実力を持つ者はアネモネ御義母様と私だけになってしまった。
だから、私は聖女を辞めるわけにはいかないのだ。だって、もし私がいなくなれば、それだけアネモネ御義母様に負担をかけてしまうのは明白だったからだ。
「うるさい、黙れ! 大聖女アネモネの血を引く高貴な私に向かって無礼にも程があるわよ⁉ 道具の分際で身の程を弁えなさい!」
あまりに自分勝手な物言いに私は思わずカッとなる。
私を罵るだけならいくらでも我慢出来る。でも、その自意識過剰な考えがアネモネ御義母様にどれだけ負担をかけているのか知ろうともしないことに怒りを覚えたのだ。
「道具でも初級魔法しか使えない貴女よりはマシよ」
その瞬間、室内の空気がピキッと音を立てて凍り付くのが分かった。
たちまちダリアはカアッと顔を真っ赤にしながら眉根を寄せ、屈辱に耐えるかのようにブルブルと身体を震わせ始めた。
「お前に何が分かるっていうの……?」
「……え?」
パシン! と、無機質な物を叩いたような乾いた音が響きわたった。
「許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない!」
怒りに我を失ったダリアは、同じ言葉を繰り返しながら何度も何度も私の頬を拳で殴りつけて来る。
いけない。私もついカッとなって言い過ぎてしまった。
ここまで感情的になるダリアは久しぶりだった。その昔、今と同じようにダリアからあまりに理不尽に責め立てられたことがあり、一度だけ言い返したことがあった。その時は物置小屋にある薪割り用の鉈で襲われ、文字通り全身をバラバラにされかけた。
仕方がない。ここはダリアの気が済むまで土嚢になるしかない。
私は少しでもダメージを減らす為に床にうずくまる。
「立て、立ちなさい! 私の言うことを聞け、聞きなさいってのよ!」
そう叫びながらダリアは更に攻撃を続ける。
私は頭を踏みつけられるような強い衝撃を、休む間もなく何度も受けた。
この理不尽な暴力はいつまで続くんだろうか? どうか早く終わって。
そんなことを私が願っていると、突然、ダリアの暴力が止まる。
「お前、まだこんなものを持っていたの……?」
ドクン! と、嫌な予感で胸が大きく鳴り響いた。
私が慌てて起き上がると、ダリアが絵本を手に取って茫然と見つめている姿があった。
「ダリア、お願い! それを返して……!」
私は全身から血の気が失せるような錯覚を味わう。
「へえ、もしかしてこんなものがお前の宝物だったりするわけ?」
「そうよ! ダリアにはただのくたびれた絵本に過ぎないでしょうけれども、私にとっては命よりも大切なものなの……!」
「ふうん、そうなんだ。分かったわ。お返しするわ、カルミア御義姉様」
予想に反してダリアは穏やかな笑顔を浮かべながら絵本を私に差し出して来る。
私はホッと胸を撫でおろし、差し出された絵本を受け取ろうと手を伸ばした。
「ちょっとずつだけれどもね⁉」
ダリアは差し出した絵本をひるがえし両手で掴み上げると、一気に引き裂いた。
「ほら、まずは半分だけ返してあげるわ!」
ダリアはそう吐き捨てると、二つに切り裂かれた絵本の半分を私の目の前に投げ捨てた。
刹那、私の時間が停止する。
目の前の世界が灰色に変わり、得体の知れないドス黒い感情が胸の、いや、魂の深淵から込み上げてくるような錯覚を味わった。
ワタシノ、大切ナ、タカラモノが、壊れサレちゃっタ。
許さナイ、許さナイ、許さナイ……。
たちまち目の前が真っ暗になったかと思うと、私の意識はぼやけてしまい、自分のことが認識出来なくなった。
ボーっとした意識の中、どれくらいの時間が経過しただろうか? 一瞬とも、数日とも、永遠とも言える不可解な時の流れに身を委ねた。
すると、何処かで爆音が轟いた。
遠くから悲鳴が上がり、騒然とした空気が流れて来る。
私は何の騒ぎだろうか、と、ぼんやりそう思った。
その時、突然、目の前が眩い光で満たされた。
柑子色の暖かいマナに包まれ、私の意識は現実に引き戻された──。
意識が現実に引き戻された直後に私が目の当たりにしたのは地獄の様な凄惨な光景。
高位魔法使いによる爆裂魔法でも放たれたように破壊され、滅茶苦茶になった自分の部屋がそこにあった。
「何が起こったの……?」
理解が追い付かないまま、私は未だに覚醒しきっていないぼやけた頭で周囲を見回す。
「お母様、お願いよ! 目を開けて!」
近くからダリアの泣き叫ぶ悲痛な声が響き渡った。
私はその時に見た光景を死ぬまで一生忘れないだろう。
滅茶苦茶になった部屋の隅で、血塗れになったアネモネ御義母様を抱きながら泣き叫ぶダリアの姿。
「アネモネ御義母様……?」
私は悪夢のような光景を前に理解が追い付かずただ茫然と二人に近寄ろうとする。
「近寄るな、化け物!」
まるで獣が威嚇するようにダリアは泣き腫らした目で私を睨みつけてきた。
「人殺し!」
ダリアはただ一言、そう叫んだ。
そして私は全てを理解する。
この惨劇は私が引き起こしたものだと。
少なくともこの時は──。