テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
カビの匂いが鼻をつき、天井から滴り落ちる水滴の音が暗闇の中に静かに響き渡る。
松明の薄明かりと静寂のみが支配する世界。
目の前には重厚な鉄格子が見え、ここが罪人を収容する地下牢であることが分かった。
あれから、私は駆けつけた警備兵によって捕らえられ、そのままこの地下牢に投獄された。
頭には魔法を封じる呪いの鉄仮面をかぶせられ、両手足には鉄のかせがはめられていて、ほとんど身動きが取れない状態だ。
私はクスっと笑ってしまった。
こんなことをしなくても私は逃げるつもりは全くなかった。そもそもこんな地下牢に閉じ込めるまでもない。自分の犯した罪をすべて認め、刑を受ける覚悟はもう決めていたのだから。
私は大罪を犯してしまった。大切な宝物である絵本をダリアに引き裂かれた怒りで我を失い、私は取り返しのつかない罪を犯してしまった。
そう、母殺しという大罪を──。
怒りの精霊の呪縛から解き放たれ、気がつくと目の前には血まみれのアネモネ義母様が横たわっていた。
まるで爆裂魔法が放たれたかのような部屋の惨状を見れば、誰が犯人なのかは一目瞭然だった。
少なくともダリアではない。あの娘にそんな魔力があるわけもないし、何より聖女であるダリアは制約の為に攻撃魔法を使うことが出来ないのだ。
そう、呪物聖女である私を除いて。
「早く罪を償いたい……」
そして楽になりたい、と心の裡で呟く。
罪悪感で胸が張り裂けそうになり、力が抜けて体が鉛のように重く感じた。それは単なる気のせいではなく、魔力切れによって身体の維持が困難な状態に陥っているからだ。
私の身体の大半を占めている呪物は膨大な魔力を消費する。指一本動かすにも魔力を必要とするのに、魔力切れを起こしているこの状態で、更に生きる気力を失ってしまった今では、魔力を回復することもままならない。
「心配しなくてもお前は明日にも処刑され、間違いなく地獄に召されることでしょう」
暗闇の中から聞きなれた声が響き渡る。
「まるで腐った死体のように濁った目をしていらっしゃいますが、ご機嫌はいかがですか、カルミア義姉様? 苦しんでいらっしゃるならなによりですわ」
鉄格子の向こう側からダリアが現れる。
「ダリア! 教えて⁉ アネモネ御義母様はどうなったの⁉」
私は一縷の望みを叫びに乗せる。
あの時、私は確かにアネモネ御義母様が血塗れになって倒れている姿を見た。でも、自分の手で生死を確かめたわけじゃない。もしかしたら治癒魔法が間に合って、アネモネ御義母様は生きているかもしれない。
しかし、ダリアは訝しむ様に首を横に捻ると、興味なさげに口を開いた。
「死んだに決まっているじゃない。 血の海の中で腸をまき散らし動かなくなったお母様の姿を、お前も見ていたでしょう?」
無情な義妹の言葉に、私の鼓動は、ドクン! と強く弾ける。記憶を遡り、アネモネ御義母様の最期の御姿を思い返し、それが到底助からない深手であることを認識する。
魔法は万能ではない。回復魔法も死者には効果はないのだから。
アネモネ御義母様の死は自分の死と同義だ。この世でたった一人の味方を失い、生きる意味をもう見つけられなかった。
私は泣き叫びたい衝動に駆られるも、残念ながら私の身体にそんな便利な機能は備わっていない。この瞳ですらも魔眼と呼ばれる呪物であり、流せるのは涙ではなく呪いだけなのだ。
女神様は泣きたいというごく普通の願いすらも私にはお許しにならない。それが悔しくてたまらず、私は涙を流せないままただ獣のように唸り嗚咽を漏らした。
唯一の救いは既に極刑が決まっていることだけ。母殺しに付け加え聖女殺しという二つの大罪を犯した私は、王国の歴史書を紐解いても並ぶ者のない程の大罪人であることは間違いなかった。
「くすくす、お前の惨めな姿を見れるだなんて、こんなカビ臭い場所まで足を運んだ甲斐があったというものだわ」
「私を蔑みたいが為にわざわざ来たの?」
もう怒る気力も湧かない。今はただ一人で静かに、アネモネ義母様の死を悼みたいと思った。
「そんなわけないじゃない。それはオマケよ、オマケ」
ダリアはそう言うと、私の目の前に何かを投げて寄越す。
それを見て私はハッとなる。
「これは私の宝物……? どうしてこれを私に?」
目の前の石畳には、無惨にも真っ二つに裂かれた『お姫様の勇者様』の絵本が横たわっていた。
「もちろん冥途の土産に決まっているでしょう? 遠慮せず受け取ってちょうだいね」
相変わらず良い性格をしているなと、私は心の裡で苦笑する。でも、今はそれが有難いと思った。最期に私の宝物に会えるだなんて、こんな喜びはなかった。
その時、脳裏に黒髪の男の子の笑顔がフラッシュバックする。
何故かその男の子は『お姫様の勇者様』の絵本を持っていて、私に笑いかけていた。
思い出そうとすると、頭の奥がズキリと鈍痛を覚え、記憶を呼び起こすことが出来なかった。
こんなの信じられない。だって私に恐れや蔑み以外の感情を向けてくるなんてあるわけがないんだもの。普通の子供なら、私の名前を聞いただけで怯えるはず。
こんな笑顔を振り向けてくれるのはアネモネ御義母様だけだったはずだわ。では、これは私が捏造した記憶なんだろうか? いや、そうだとしても、こんな脈絡のない妄想を思い描くのは不自然だ。
私が戸惑いと動揺を隠しきれずにいると、ダリアが含み笑いを浮かべながら話しかけてきた。
「そうそう、カルミア御義姉様、地下牢はお寒いでしょう? せめてもの慈悲です。暖をおとりになってくださいましな。ちょうど燃やせるものもあることですしね……!」
そう言ってダリアは壁にかけてあった松明を手に取ると、二つに切り裂かれた絵本に投げ捨てる。
炎はあっという間に絵本へ燃え広がり、目の前で大切な思い出が汚されて灰になっていく様子を見せつけられた。
「止めて、ダリア! お願いだから火を消して!」
「あーっはっはっはっはっは! お前の苦しむ姿を見たいが為にわざわざ来たってのに、こんな楽しいことを止めるわけないでしょう⁉」
ダリアの嘲笑が薄暗い地下牢に響き渡る。
私は大切な宝物が灰になっていくのを、ただ何も出来ずに見ているしかなかった。目を覆いたかった。耳を塞ぎたかった。泣き叫びたかった。でも、私には叶えられるものなんて一つもなかった。
「ふう、楽しかったけれども飽きたから、そろそろ本題に入らせてもらおうかしら」
結局、私は死ぬ寸前まで義妹の玩具にされるだけの人生だったのね。
もう死にたい。楽になりたい。明日とは言わず、今、この瞬間、死刑になりたいと思った。
「今日、ここに来たのはアネモネお母様がどうやって亡くなったのかお前に教えてあげようと思ったからなの」
その時、ダリアは口の両端を吊り上げ、悪意と憎悪と蔑みと嘲笑に引きつった表情で静かに呟いた。
「実は、アネモネお母様を殺したのは私なの」
「……え?」
その瞬間、私の胸の奥深くから得体の知れないドス黒い感情が湧き上がってくるのだった。
222
#追放
ぬいぬい
4