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「ねー、佐久間くん。こっち来て。ここ」
ソファに座った蓮が自分の足の間を叩く。
えーと、そこに座れってことか?
「にゃんだよー。お前のためにコーヒー淹れてやってんのに」
「いいからほら。俺の『恋人』でしょ?」
「しょうがねーなぁ」
コーヒーの入ったマグカップをローテーブルに置くと、蓮の要望通りに足の間に座る。
途端に後ろからぎゅうっと抱えられた。
「あー、佐久間くんからマイナスイオンが出てる…」
「俺は空気清浄機か! そんなもん出ねーよ」
「佐久間くんが気付いてないだけで出てるんだって。絶対」
俺の肩にぐりぐりと額を押し付けたり、首筋に鼻を埋めて深呼吸したり。
あ、これだいぶ疲れてんな。
「…撮影、そんな大変だったか?」
「ん、そうだね…人の生死扱ってる分、気持ちにくるかも」
「そっか。お疲れ、蓮」
肩にある頭をよしよししてやると、ほっと安心したような息を吐いた。この2年で、ほんとに素直に甘えるようになったなぁって考える。
蓮と恋人ごっこの契約をしてから、早いものでもう2年だ。
正直1年くらいで終わるかなって思ってたけど。
蓮を取り巻く状況はより凄くなってて。今恋人の陰でも見えようものなら、大炎上は必至だし冗談抜きで経済にも影響ありそうだ。
だから蓮は、俺との契約を切れないんだ。
そう、分かってる。
「ね、佐久間くん。今日は泊まれる?」
「ん、大丈夫」
「そっか、やった。一緒に風呂入ろ」
「お風呂だけ?」
「…それで済むと思ってる? 何なら、お風呂でする?」
「この間のぼせそうになったから、やだっ! 蓮しつこいし、長いし」
ふはって笑いながら、蓮が俺の首にちゅっとキスを落とした。
くすぐったさに肩を竦めて、きっとお風呂でも一戦あるだろうなぁって考える。
あの日始まった『恋人ごっこ』。最初の数ヵ月はお互いに遠慮があった。キスをして身体を重ねても、そこまでべたべた出来ないっていうか。
でも蓮が俺と一緒にいることに慣れてきて、恋人の距離感でくっつきたがるようになってから変わった。
元々うちはメンバー間の距離も近いしあんまり違和感もなく。
膝枕したり、顔を寄せ合って動画見たり。
疲れた時には今みたいにくっついて甘えたり。
俺が疲れてる時は『恋人を甘やかしたい』って蓮の要望で一緒に過ごしたり。
本当に、やってることはただの恋人同士。
『契約』の二文字は、常に頭にあるけど。
でも俺、幸せなんだよ。
こんな風に甘え合って、恋人じゃなきゃ見られないような表情を見て。
全部全部、偽物でもいいから欲しいって思ったものばかり。
『好き』の言葉はもらえなくても。
恋人としての想い出は、たくさんもらえてるから。
だからきっと、この先俺は、この記憶だけで生きていけるって思ってる。
切なくならないわけじゃないよ。
でもそれは、本当は偽物なのにって状況のせいじゃない。
ただ、いつ終わりがきてもおかしくない。それが怖い。
それでも期間限定の『契約恋人』なら、今この時を精一杯噛みしめようと思ってるんだ。
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