「はい、ゲームオーバー。もう1回だけ、は絶対ないよ。さっさと出てっておくれ」
2週間前アパートの大家に退去勧告された。理由は家賃滞納。…うっかり振り込むの忘れてた…。
「そんなこと言わないでおばちゃん…いやお姉さん…綺麗で可愛くて、すごくそそるよ?」
「…」
拝み倒して5日は居座ったが、浅い褒め言葉は言われ過ぎたのか、しかめっ面で無視されてしまった。
が、急ぎの案件を抱えていたし、平日のリモート勤務中に連絡が途絶えるなんてもってのほかだったから、嫌な顔をされながらも粘ったんだ。
だが、それが良かったのか悪かったのか…土曜日になってあきらめて、アパートを退去してみれば。
誰にも連絡がつかない。
いやつくけども…皆どこかに遊びに行っていて、家にいない奴ばっかりだった。
さすがに俺も途方にくれた。
なにしろ、仕事に絶対必要なパソコンだけ持って出てきたのだ。
これを設置して、ちゃんと動かせる場所に落ち着かなければヤヴァい…
週明けにはなに食わぬ顔でリモートで朝礼に参加できなければ、大嫌いな出社をしなければならないのだ。
脳裏をよぎる、満員電車…
そんなん乗るなら死んだ方がマシッ!
…なんて思ってたら閃いた。
土曜日に遊びに行かず、仕事をしまくる幼なじみの美亜のことを。
仕事が終わった頃メッセージをして、有無を言わせずマンションに行くことにする。
そう決めてみれば、美亜の住まいがかなりいいマンションだったと思い出した。
「これは何がなんでも…ねじ込んででも、同居に持ち込みたい!」
内心そう意気込みながら、バックミラーでちょっと髪を整えて…美亜のマンションを訪ねる。
まぁ…俺を拒否する女はいないよな。
それなのに…ドアを開けた美亜に、俺の方が一瞬ドキッとした。
あれ…こんなに綺麗な女だったっけ。
事情を話すと、美亜の反応はどれも、俺の周りにいる女のそれとは違った。
なんで俺に頼まれて、喜ばない…?
拒否なんてされたことない。
自分でも少しは自覚している。女たちは俺の顔が好きだ。二重の目と高い鼻が。ちょっといやらしい、この口元が。
それなのに、美亜は仕方なく俺を受け入れて、その上家政夫という役割まで与えた。
…まぁ得意なことだからいいけど。
やっぱ俺…女子には満遍なく好かれたいんだよな。
だから、スキンシップはある程度意識したもの。…洗濯カゴに下着が入っていたときは、思わずガッツポーズをした。
これは弱みを握ったんじゃないか?
ブラはすぐにサイズを確認。
わりとこじんまりしたサイズで納得。
だけど、ちょっと動揺したのは下の方…そう、ショーツだ。
小さい…こんなに小さいパンツはいてるのか…なんて思ったら、らしくもないが、顔が火照る。
何となく目をそらして、ブラもショーツも洗濯ネットに入れて押し洗いした。
そういえば今まで…女の下着ってちゃんと見たことないかもしれない。…下着は脱がせるもので、身につけている女を見ても、別になんとも思わなかったから。
なのに、洗濯ネットを押し洗いしながら、美亜の姿を思い浮かべてしまう。
インナーカラーをした長い黒髪。
前髪の下の目元は、目尻がちょっと上がってて、首が細くて…
どちらかというと、できる女、お姉さん系だ。…俺のタイプとは真逆をいく女。
そんな女がつけている下着なんてどうでもいいと思うのに、妙に意識してる自分。
…住み慣れたアパートを追い出されて、心でも弱ってるんだろうか?
…………
美亜は基本帰るコールをしない。
夕飯も、食べると思うから作るのに、どっかで飲んできて食べないこともある。
「ごめん…明日の朝食べるね」
そう言ってホイホイ冷蔵庫にしまうけどさ。
俺としては一番うまい状態で食べて欲しいわけだ。
だから翌朝、美亜が食べる時間を見計らって温めなおす。
「…え?嶽丸、起きてくれたの?」
すでにキッチンにいる俺に、寝起きでぼんやりした顔の美亜が驚いている。
「すぐ食べられるから、早く座って」
「…あ、うん…」
白いTシャツにボーダー柄の短パン。
細い手足が惜しげもなくさらされていれば、俺の目がそれを捉えないはずはない。
「…なにこれ、おいし」
「消化がいいように、お粥にした」
昨日のメニューは煮魚だった。
今朝はそれをアレンジして、出汁で炊いたお粥に煮魚をほぐしてトッピング。
「朝からちょっと重いかもしれないけど、角煮も食べな。美容師の仕事はハードだろ?」
「うん…お昼が夕方になっちゃったり、する」
「…なんか、たどたどしいけど。寝ぼけてんの?」
「…あ、うん」
できるお姉さんのはずが、今の美亜はすっぴんのせいもあって子供みたいだな…
しばらくぼんやり眺めていれば、ふいに元気な声が聞こえる。
「おいしかった…!嶽丸ごちそうさま。朝からありがとう」
「あぁ…」
目の前の美亜のすっぴんの笑顔、前にも見たことがある。
あれは確か中学生の時、遊びに行った健の部屋に、大人の女の人が来ていたんだ。
この時の美亜はたかだか高校生だけど、中学生の俺には、やたら大人に見えたんだと思う。
「嶽丸って…面白い名前だね」
初対面の美亜が、ぱぁ…っと花が開くみたいに笑った。
その時の笑顔と同じだ。
…なんで今思い出したのかはわからないが、とにかく…同じだったんだ。
………
「じゃあ嶽丸、行くね!…あっ今日ゴミ出す日だ!」
わずか30分程度で身支度を終えて、まだキッチンで後片付けをする俺に声をかける美亜。
「ゴミは俺が出しておくからいいよ。気をつけて行ってきな」
「うん!ありがとう。じゃあ頼むね」
びゅーん…
…と、音がしそうなほど勢いよく、美亜が玄関を飛び出していく。
…ったく、ちゃんと靴を履いて行ったのか?
玄関の鍵を閉めて、そのままベランダへ出て、エントランスから美亜が出てくるのを待つ。
すると住人に挨拶をしながら小走りで出てくる美亜。
今日は長い髪をゆるくポニーテールにしていて、髪が左右に忙しく揺れている。
そこでふと気づいた。
美亜の出勤、早くねぇか?
時間を見れば、まだ8時前。
確か美容室は、11時オープンだったはず。
「こんな早くにあんなに急いで…」
リモートができない仕事は大変だな…と思いながら。
ゴミ出しを頼まれたのを思い出して、俺も慌ててエントランスに降りて行った。
コメント
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嶽ポチ丸くん、なーんかいつもの調子と違うようだよね〜🤭 美亜タマちゃんは憧れのお姉さんで、実は憧れてて、だから真逆のタイプを好んでいて、本命を作らなかった…💭 妄想楽しい!!!