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夢主の設定
・名前:日下部杏璃(くさかべ あんり)
・中高一貫キメツ学園
・夢主は臨時採用の音楽教師
・公式にないオリジナル設定を含みます
歌のおねえさん
9月。高等部の音楽教諭が介護休暇を取ったため、臨時採用の教師がキメツ学園にやって来た。
中等部と高等部の合同の始業式で、自己紹介を促される。
ステージに上がる彼女に注目が集まり、どよめきが起きる。
「え!若!」
「マジ可愛い!」
「やべえ!いいにおいしそう!」
「てめぇら静かにしやがれェ!!」
興奮して騒ぐ生徒たちを、数学教師の不死川実弥が牽制する。
困ったように眉を下げて笑う新任教師がマイクに向かって口を開いた。
『はじめまして。日下部杏璃といいます。担当教科は音楽です。基本は高等部にいますが、時々中等部にも顔を出すと思います。休暇を取られた響凱先生が戻ってこられるまでの期間ではありますが、皆さんと楽しい授業を作りたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします』
α波でも出ているかのような、耳に心地よい優しい声。
一瞬の間があり、生徒たちからは割れんばかりの拍手が起こった。
始業式が終わり、どのクラスも“日下部先生”の話題で持ち切りだ。
長唄やお囃子ばかり練習させてくる響凱先生に代わってやって来た彼女は、最近の曲も歌わせてくれるだろうか、と。
職員室でも教師たちに取り囲まれる杏璃。
様々なクラスの担任が、ぜひ我がのクラスの副担任もしてほしい、と懇願した。
自分のデスクに案内された杏璃が荷物の整理をしていると、体格のいい男性教師が話し掛けてきた。
歴史教師の煉獄杏寿郎だ。
日本史も世界史も大好きな彼は、響凱先生の長唄やお囃子も好きだったが、西洋音楽史も興味があると言って杏璃とすぐに打ち解けた。
「おうおう。煉獄のやつド派手にアプローチしてんなあ」
「ほんとねえ。微笑ましいわあ。“杏”の字も一緒だし、なんだかお似合いよねえ〜!」
2人の様子を離れたところから見守る美術教師の宇髄天元と生物教師の胡蝶カナエだった。
杏璃が着任して半月経った。
「音楽とかかったりぃ〜」などと言う生徒は中等部にも高等部にも1人もいなくなった。
翌月に控える校内の合唱コンクールに向けて、生徒全員が真剣に練習に取り組んでいる。
杏璃は音楽教師なのでピアノはもちろんバリバリ弾く。そして彼女の歌声を初めて聞いた生徒たちはとても驚いたという。
普段の明るく可愛らしい声に、生徒たちからは“歌の杏璃おねえさん”などと呼ばれていたが、男子パートの音まで声が出るので皆びっくり仰天だった。
野太い低音から、透き通るような高音まで、杏璃の音域はとても広かったのだ。
“歌のおねえさん”だけでなく“両声類”というあだ名もつけられたが、前者のほうが圧倒的に支持されていた。
合唱コンクールと文化祭での全員合唱を控え、大忙しの毎日。
杏璃の指導により、絶望的に音痴なことで有名な、高等部の竈門炭治郎や嘴平伊之助まで、自分のパートを正しく歌えるようになったそうだ。
ある日、部活の指導を終えて職員室に戻ってきた杏寿郎はまだ誰か残って仕事をしているのに気付く。
「むむ!杏璃おねえさんではないか」
『あ、煉獄先生。お疲れ様です!』
「お疲れ様。まだ残って仕事をしていたのか?」
デスクには大量のプリントや楽譜、生徒たちの名前が書かれた薄めのノートが積み重なっていた。
「…このノートは?」
『合唱コンクールの指揮と伴奏を担う子たちとの交換ノートです。中等部のも高等部の全クラス分あって』
「なるほど。少々拝見してもいいだろうか?」
『はい、大丈夫ですよ』
1冊手に取りパラパラとめくる。
そこには生徒たちの指揮や伴奏をする上での悩みや練習で感じたことなどが細かく書いてあった。
それに対する杏璃の返答も、とても綺麗な字で丁寧に書かれていた。
アドバイスも、生徒1人ひとりを認めて褒めるメッセージも。
比べてはいけないが、響凱先生や他の音楽科の先生たちはここまではしていなかった。
『…なかなか授業の間だけでは、この子たちとしっかり向き合えないので……。多感なお年頃の彼らにとって交換ノートなんて面倒かなって思ってたんですけど、意外とみんな快く賛成してくれました』
「それは“杏璃おねえさん”だからだと思うぞ。歳も彼らに近い上に、自分たちのことを心から考えてくれている、と生徒たちも分かっているんだ。こんな大変なこと、生徒への愛がなきゃできないからな」
杏寿郎の言葉に、杏璃が嬉しそうに笑った。
『ありがとうございます、煉獄先生』
「いいや、俺は何もしていないよ」
不覚にも胸が高鳴る。
こんな気持ちは初めてだった。
「まだ残るのか?」
『はい。これが終わったら帰ります』
まだ大分ありそうだな、と思った杏寿郎だが、ふと杏璃のデスクを見ると、未記入のノートはあと半分以下という量まで進んでいた。
はや。
明日の授業の準備は既に済ませていたが、明後日の分をして時間を潰すことにした。
ノートにペンを走らせながら、杏璃は小さく鼻歌をうたっている。
どれも、生徒たちが日々練習している合唱コンクールの曲だった。
感心だな。全部覚えているのか。
杏璃の鼻歌が心地よくて、こちらも授業の準備が捗る。
『ふぅ〜、終わった〜!』
ぐいいぃぃ…と伸びをする杏璃。
「お疲れ様。よく頑張ったな。おかげで俺も明々後日の分まで授業の準備ができたよ」
『…あっ…。もしかして煉獄先生、待っててくださったんですか?すみません…私、呑気に鼻歌なんてうたいながら…』
申し訳なさそうに眉を下げる杏璃に、杏寿郎が笑いかける。
「気にしないでくれ。俺が好きで残っていたんだ。それに、生徒たちから評判の“天使の歌声”をすぐ隣で聞けて、とても得した気分だ!」
『天使だなんて、そんな大袈裟な……。“歌のおねえさん”って呼ばれるのもわりと恥ずかしいのに』
「いや、本当に生徒たちがそう言ってたんだ」
杏璃が顔を赤くして俯く。
「さあ、帰ろう。もうすっかり暗くなったし駅まで送るよ」
『そんな!申し訳ないです…!』
「いいから。俺がそうしたくてしているから。押し付けられた人の好意はとりあえず受け取っておいたほうが得だぞ」
『…はい……』
電気を消して戸締まりして、杏寿郎と一緒に校門をくぐる。
夜道を2人で歩く。
こんなに暗いなら杏寿郎に付き添ってもらって正解だったかもしれない。
他愛のない話をしながら歩いていたら、駅に着いてしまった。
『煉獄先生、ありがとうございました。先生とのお話が楽しくて駅までがあっという間でした』
「俺も楽しかった。…じゃあ、俺はこっち方面の電車だから。また明日な、杏璃先生。帰りも気をつけて」
『はい、ありがとうございます。煉獄先生もお気をつけてくださいね』
ホームで別れ、杏璃が電車に乗り込むまで、杏寿郎は彼女を見送っていた。
その日を境に、杏寿郎は遅い時間でなくても杏璃と一緒に駅までの道を歩くようになった。
お礼に、と杏璃から人気店のスイーツをもらうようにもなった。
各学年ごとの合唱コンクールと、そこで勝ち上がったクラスによる文化祭での全学年対抗のコンクール、全員合唱が無事に終わり、やっとひと息つくことができた杏璃。
季節はすっかり秋めいて、冷たい風が吹くようになった。
「杏璃おねえさーん!」
「今日はどこでお昼食べるんですか?」
「杏璃おねえさん、彼氏いるんですか?」
「杏璃先生マジ大好き!」
「臨採期間終わってもキメツにいてよ〜」
今日も生徒たちから人気の杏璃を見て、杏寿郎も自分のことのように嬉しくなる。
交換ノートをきっかけに、特に指揮者と伴奏者の生徒たちとの距離がぐっと近くなった杏璃。
他の生徒たちとも普段の授業を通してとても仲良くなったようだ。
昼休みや放課後など、杏璃と話したくて堪らない生徒が大勢いるので、少しでも生徒と関わる時間を増やそうと、杏璃も努力していた。
そして、杏寿郎もまた、杏璃と関わりたい者の1人だった。
日中はあまり話せないので、駅までの帰り道をゆっくり会話しながら歩くのが密かな楽しみになっていた。
この頃にはもう、自分の杏璃への気持ちを自覚していた杏寿郎だった。
12月になった。
最近、杏寿郎には気にかかることがあった。
杏璃の手が荒れているのだ。
掃除の時間は教師も生徒と一緒に行うが、杏璃もまた例外なく生徒と共に雑巾掛けをしたり、寒空の下落ち葉を掃いたりしていた。
ところどころあかぎれして痛々しい。
あと少し放置すれば、関節部分でぱっくり割れが起こりそうだ。
期末テスト前で、多くの教師たちが職員室に残り、準備をしている。
もれなく杏寿郎と杏璃も。
次第に1人…また1人…と「お先しまーす」と言って退勤していく。
『煉獄先生、終わりました?』
「いや、もう少しだ。日下部先生は?」
『私ももうひと息…といったところです』
とうとう2人だけになった。
「ふう…終わった……。そちらはどうだ?」
『お疲れ様です。私もやっとこさ終わりました』
「そうか、よかった。お疲れ様」
それじゃあ帰ろうか、と席を立つ2人。
すると杏寿郎が思い出したように何かを鞄から取り出した。
「日下部先生。手を出して」
『?はい』
手渡されたのは、ハンドクリームだった。
『えっ…これ…私に?』
「ああ。大分手が荒れているだろう。それを塗ってケアするといい」
『わあ…ありがとうございます。見られてたんですね。恥ずかしいなあ…』
杏璃は顔を赤くして、もらったハンドクリームを見る。
オーガニックで有名なメーカーの商品だ。
『早速使ってもいいですか?』
「ああ、もちろんだ」
可愛らしいラッピングを丁寧に解き、蓋を開けると、 金木犀の優しい香りが広がった。
『いい香り〜!』
ふにゃっと顔をほころばせる杏璃に、杏寿郎の鼓動が速くなる。
「塗ってあげよう」
『えっ…煉獄先生??』
杏寿郎はハンドクリームを少量手に取り、杏璃の手に乗せて塗り広げていく。
ピアノをしている人は細くて華奢で綺麗な手をしていることが多い。
その華奢な手が酷く荒れてしまって痛々しい。
『…っ』
「しみるか?」
『あ、はい。ちょっとだけ…』
「…この手は君の大事な商売道具だ。しっかり労ってあげてほしい。生徒たちも俺たち教師も、みんな君の奏でるピアノや歌が大好きなんだ」
杏寿郎の言葉に、杏璃は申し訳なさそうな、嬉しそうな、恥ずかしそうな、何ともいえない表情を浮かべて笑う。
「よし、これでいいかな」
『はい。煉獄先生、ありがとうございます』
「どういたしまして。…では帰ろうか」
『はい』
夜道を並んで歩く。
今日は特に冷えている。
吐息が白く姿を現し、そして消えていく。
「…突然だが、杏璃先生はお付き合いしている男性はいるのか?」
『ほんとに突然ですね。今はいないですよ』
笑いながら答える杏璃。
『煉獄先生は、恋人いるんですか?』
「いや、いない」
お互いフリーだった。
「…よし、これはチャンスだと思うので言ってしまおう」
『?』
立ち止まり、向かい合う。
「杏璃先生。俺は君のことが好きだ。君の愛らしい容姿も、透き通るような美しい天使の歌声も、色彩豊かなピアノの音色も、生徒たちを想う強い優しさも。君の全てが愛おしい」
『!…煉󠄁獄先生……』
「君が嫌でなければ、正式に交際を申し込みたいと思っているんだが、いかがだろうか?…少し考えてみてほしい」
杏寿郎の真剣な表情が、杏璃の硝子玉のような瞳に映っている。
『……嬉しいです。…実は私も、煉獄先生に恋心を抱いてました』
杏璃が顔を真っ赤にして言葉を紡ぐ。
「そうか!よかった!…では。“杏璃さん”、俺と付き合ってください」
『…はい!よろしくお願いします、きょ…“杏寿郎さん”』
出会って2ヶ月程しか経っていないが、交際することになった杏寿郎と杏璃。
晴れて恋人同士になった2人は、そっと手を繋いで駅までの道を歩いた。
その後、2人は教師からも生徒からも公認の仲となった。
“きょうあん”と名前をつけられ、一部のファンから尊ばれる毎日。
それから更に半年程経ち、杏璃の臨採期間が終了するタイミングで、杏寿郎は彼女にプロポーズし、2人は結婚することになった。
めでたしめでたし。
終わり