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夢主の設定
・名前:天満咲蘭(てんま さくら)
・キメツ学園中等部
・時透ツインズと同級生
・「空駆ける天馬」の有一郎目線のお話です
パートナー
ずっと好きだった咲蘭。
今年は同じクラスになれて、内心飛び上がるほど嬉しかった。
合唱コンクールの話し合い。咲蘭のピアノの実力を知るクラスメートから伴奏者に推薦されて、仕方なさそうにだけど引き受けてくれた彼女。
咲蘭が伴奏なら、指揮は俺がする!
そう思った男はきっと多かったと思う。
俺の他にも5人くらい、指揮者に立候補した奴がいたから。
単純にジャンケンで指揮者が決まった。
俺は本当に運がよかった。
小さい頃からずっと一緒だった、俺と、双子の弟の無一郎と、幼馴染みの咲蘭。
可愛いし、優しいし、何よりすごく頑張り屋さんだ。
ピアノの発表会は毎年誘ってもらって聴きに行ってたな。
いつもは着ない綺麗なドレスを身に纏って、堂々とステージで演奏する彼女は、とても眩しくて格好よかった。
合唱コンクールの曲が決まってからは、咲蘭の普段のレッスンの曲に加えて、課題曲と自由曲も彼女の家から聞こえるようになった。
夏休みに入ってからはピアノの音が聞こえる時間もより長くなった。
すごいな。ほんとに努力を惜しまない。
俺は咲蘭の家に行って、指揮と伴奏の合わせ練習に励んだ。
無一郎もくっついて来てたから、2人きりにはなれなかったけど。
呼吸を合わせて、曲が始まる。
俺の手の動きと楽譜に書かれた指示に従って、咲蘭も音の表現を変える。
楽譜と鍵盤と、指揮を見ながら指を動かす咲蘭。
目が合うその一瞬が、とても特別で嬉しかった。
今日は試しに自由曲も指揮と伴奏を合わせてみようということになった。
『多分間違えるけど、気にしないで。とりあえず最後まで弾き通してみるから』
「うん、やってみよう!」
やっぱりこの曲、前奏から格好いいな。
咲蘭の真剣な表情。
普段の柔らかな表情に緊張の色が表れる。
一生懸命楽譜を目で追いながら、忙しなく鍵盤の上で指を踊らせている。
そして時折目が合う。その度に胸がドキドキするんだ。
「すごい!もうこんな弾けるんだな!まだ夏休み入って2週間も経ってないし、2学期始まるまでには完璧に弾けるようになってそう!」
『うーん…そうかなあ……』
「大丈夫だって!」
不安そうな顔をする咲蘭の頭を軽く撫でる。
それを無一郎がじとっとした目で見ていた。
多分だけど、無一郎も咲蘭のことが好きだ。
顔も瓜二つの俺たち。好きになる相手まで一緒なのかと思うけど、3人一緒に過ごしてきた時間が長かったんだからそうなってしまうのも仕方ない。
夏休みが終わる頃、毎日聞こえてきていた咲蘭のピアノの音がぱたりとしなくなった。
俺が別の友達と遊びに行っている間に、無一郎が1人で咲蘭の家を訪ねて、腱鞘炎になっていることが判明した。
毎日毎日何時間も伴奏の練習をしていた咲蘭。
自由曲は難しいと言っていた。
根詰めて練習していたら、手を痛めてしまった。
俺が…クラスメートたちが、曲が格好いいからと言って選んだ自由曲。
責任感の強い咲蘭のことだ。2学期に入って本格的に合唱コンクールの練習が始まるまでに完璧に弾けるようにしようとしてくれたんだろう。
ごめんな、咲蘭……。
次の日。無一郎が昼寝している間に、俺も1人で咲蘭の家に行く。
ピンポン
『あ、ゆうちゃん。いらっしゃい。どうしたの?』
「……その…無一郎から咲蘭の手のこと聞いて……」
『…そっか。ゆうちゃん、暑いしとりあえず上がったら?』
「お邪魔します……」
いつも一緒に練習していたリビング。
ピアノの蓋は閉じられていた。
『外、暑かったでしょ?はい、水分摂ってね』
咲蘭が2つのグラスが乗ったお盆を手に、リビングに入ってきた。
無一郎から聞いた通り、左手首から肘にかけて包帯でぐるぐる巻きにしていた。
「あっ!ごめん、手が痛いのに……」
『このくらいは大丈夫よ』
グラスに口を付け、麦茶を喉へと流し込む。
咲蘭も痛めていないほうの手でグラスを持って麦茶を飲む。
「……咲蘭。ごめんな……」
『?』
「俺たちが格好いいからってだけで自由曲決めて押し付けて。そのせいで腱鞘炎になっちゃって……」
俯いたまま喋る。
申し訳なくて咲蘭の顔が見られない。
『ゆうちゃん』
「…あ……」
隣に座っていた咲蘭が、俺の手をそっと握った。
『腱鞘炎になったのは、ゆうちゃんやみんなのせいじゃないよ。私が変に力んだ状態で弾いちゃってただけ。脱力が下手だったの。だからゆうちゃんが気にすることないんだよ』
いつものように穏やかな声で話す咲蘭。
顔を上げると、見慣れた彼女の優しい笑顔。
それを見て、目頭が熱くなる。
堪らえようと思ったのに、あっという間に瞼の淵から外へと流れ出ていってしまった。
『わわ!ゆうちゃん!泣かないでよ〜』
「…ぅっ…ごめ……」
格好悪いなあ。好きな相手の前でめそめそ泣いて。
てかなんで俺が泣くんだよ。
つらいのは咲蘭なのに。
『ゆうちゃん、私は大丈夫だから。ね、泣かないで……』
泣き出した俺を見て咲蘭まで涙を浮かべる。
大きな瞳から透明な雫がこぼれ落ちて、白い頬を濡らしていく。
「ごめん、咲蘭…無理させて……。ほんとにごめん…っ。俺、咲蘭と練習するのが楽しくて…全然配慮できなかった…… 」
『ゆうちゃんのせいじゃないってば。ちゃんと治すから、心配しないで。また一緒に合わせしよ?ね?』
咲蘭は優しいから。
俺が自分のせいだと気にするのが嫌なんだろうな。
『…もう。ゆうちゃんが泣くから貰い泣きしちゃったじゃない』
「うぅっ…ごめん……」
咲蘭がティッシュを持ってきて、数枚取って自分の頬を拭き、また数枚取って俺の涙も拭ってくれる。
そして数日前に俺がしたように頭を撫でてくれた。
こういうところはやっぱり“お姉ちゃん”だよな。
3姉弟のいちばん上だし……。
「…咲蘭。俺にできることあったら何でもするから、言ってな」
『ありがとう、ゆうちゃん。…ちゃんと治すから、また私の練習に付き合ってね』
「…うん!」
その日は他愛のない話をして、咲蘭の家を後にした。
2学期が始まった。
咲蘭の家からは再びピアノの音が聞こえてくるようになった。
とても、嬉しかった。
俺の大好きな、咲蘭のピアノの音色。
優しくて透明で、力強くて鮮やかで。
遊びに行くと、明るい表情で出迎えてくれた咲蘭。
無一郎が腱鞘炎にいい方法を教えて試したらしい。
…やるじゃん、無一郎。
咲蘭も手の痛みが取れて喜んでいるし、そんな彼女を見て俺も嬉しくなる。
2学期に入ってからも、学校でのクラス練習だけでなく、家でも一緒に合わせ練習をしていた俺と咲蘭。そこにもれなく無一郎もくっついて来ていた。
合唱コンクール当日。
俺たち銀杏組がステージに上がる。
伴奏者の咲蘭と合わせて礼をして、ピアノに向かう彼女と、腕を持ち上げる俺。そして軽く足を開いて指揮に注目するクラスメート。
課題曲はいつも通り順調だ。
3パートのハモりも綺麗だ。
自由曲に入る。
いつにも増して、咲蘭の奏でるピアノの音がクリアに響く。
ああ、やっぱり格好いい曲だな。
腱鞘炎になってしばらくピアノを触れなかった期間があったなんて微塵にも感じさせない、堂々とした演奏。
時々、真剣な表情の彼女と目が合い毎度のことながら胸の鼓動が速くなる。しかもちょっと微笑んでくれるんだ。俺にしか見えない、俺にしか分からないくらいの微笑みだけど。
曲が終わった。
咲蘭の顔の緊張感が解け、ほっとしたようにいつもの柔らかな表情に戻る。このギャップも可愛いんだ。
最後に指揮者と伴奏者で合わせて一礼して、ステージを降りる。
それから、2クラス歌って結果発表。
学年対抗の合唱コンクールは、俺たち銀杏組が優勝した。
賞状とトロフィーは指揮者の俺が受け取りに行く。
そして、“最優秀伴奏者賞”に、我らが天満咲蘭が選ばれた。
壇上に立ち、賞状を受け取る咲蘭。照れたように、でもとても嬉しそうに笑っていた。
その後のホームルーム。
伴奏者は指揮者に、指揮者は伴奏者に、他の人はパートリーダーを含めクラスの誰かに、メッセージを書く時間があった。
俺と咲蘭はお互いに書く形だ。
配られた小さなメッセージカードの、限られたスペースに咲蘭への感謝の気持ちを綴るには、かなり頭の中を整理しないといけない。1枚じゃ足りない上に、下手すりゃ想いが溢れてラブレターになってしまう。
シャーペンを走らせては消しゴムをかけ、文字を書いては消す…を繰り返して、なかなか進まない。
ようやく書き終えた時には、決められた時間ギリギリだった。
そしてクラス全員が、自分がメッセージを書いた相手に渡しに行く。
「咲蘭。はい、これ」
『ありがとう、ゆうちゃん』
ドキドキしながら咲蘭にカードを渡し、自分も受け取る。
そこには……
《時透有一郎さま
合唱コンクールお疲れ様。指揮者としてみんなを引っ張ってくれてありがとう。手を痛めて落ち込んでた時に、寄り添ってくれて嬉しかったよ。ゆうちゃんは私にとって最高のパートナーです。来年も同じクラスになれたら、また私とバッテリー(?)組んでね!
天満咲蘭》
とても丁寧な字で書かれていた。
飾らない、咲蘭の素直な気持ち。
嬉し過ぎて口元が緩みそうになってしまう。
これは家宝だ。
生徒手帳の内ポケットに挟んでいつでも身に着けておこう。
俺の書いた文章はというと、あれこれ悩んだ挙げ句、なんか当たり障りのないメッセージになってしまった。
ごめんな、咲蘭。でもこれからも、些細な日常の中で咲蘭への感謝の気持ちを口にしていくつもりだから。
そして、いつかちゃんと、咲蘭のことが好きだって伝えるんだ。
おわり