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2人で思い出した事を必死でノートに書き殴る。いくつも浮かぶキーワードを線で繋いで朧気な彼女の輪郭を追っていく。やがて導き出された言葉は、いつか皆んなで行った場所だった。
「行くか……。黄金神社。」
長い階段を、一段一段登っていく。両端には一面の緑が広がっていて、蝉の声が木々の間で反響していた。私は額に流れる汗を拭うと、少し下の方に居る垣原を振り返る。
「遅いよ垣原くん。置いてくからね!」
その言葉に垣原は呼吸が整うのも待たずに急いで駆け上がった。並んだ私たちは息を整えるためにゆっくりと歩いて行く。しばらくすると木々が開けて境内が見えて来た。その中央には少し黒ずんだ木製の社が建っていて、所々に蜘蛛の巣がはっている。社の奥にはココが黄金神社と呼ばれる前からあるとされる御神木が他の木々と比べて威風堂々と聳え立っている。それを横目に私たちは境内の隅へと向かった。そこに座り込むと、私たちは空を見上げる。一点の曇りもない青空が広がっていた。2人の間に蝉の声だけが響いている。その喧騒を切り裂くように垣原は言った。
「ここでアイツら、花火を見てたよな。」
ポツリと、まるで独り言のような垣原の言葉に私は小さく頷く。そんな記憶はあるけれど、霞がかかったかのように彼女の姿を思い出す事ができない。私は、ここまで来ても不明瞭なままの彼女を思い、悲しくなる。無理なのかもしれない、そう思っていた時、垣原が不意に言った。
「祭り……祭りだ。なあ平井、祭りの時にもう一度来てみないか?」
その提案に私は眉をひそめる。祭りはまだ数日は先の事だったからだ。垣原はそんな私の憂いを見抜いてなのか続けて言った。
「他の場所を巡って、また祭りの日になったらココヘ来るんだ。どうせ時間はいっぱいあるんだし。」
垣原は長いまつ毛の目立つ目を伏せた後、勢い良く立ち上がった。そのまま町を見渡せる位置まで歩くと遠くを指差した。
「相生のいた場所……学校とか。あと病院だってあるし。行くぞ、平井。」
町を一望できる所に立ったまま振り向いて垣原は言う。その長い髪が風に吹かれてかきあげられた。そのおかげで端正な顔が見え、目が合う。数秒見つめ合っていたが、ふと恥ずかしくなり私から目を逸らした。
「そうだ、行く前にお参りするか。」
急に思いついたように垣原は言った。2人で並んで所々くすんだ色をしている賽銭箱の前に立った。私は小銭を取り出そうと財布を探すが、一度家に寄った時に置いてきてしまった事に気がつき黙って手を合わせようとする。その様子を見て垣原は自分の財布から小銭を取り出し、私に手渡した。暖かい手のひらが触れ合う。驚いて手を引いてしまった後に、申し訳ない事をしたかと思って1人反省する。その後、貰った小銭を投げ入れると、カランカランと金属のぶつかる軽い音がした。私は目を瞑って手を合わせる。願うのは春華の事だったけど、気づけば他の事も考えていた。バレーの事、受験の事、家族の事、相田の事、垣原の事、そしてずっと秘めておこうと思っていたはずの恋心の事。後から後から溢れて止まらない。私は欲深い人間なのだろう、そう思った。長い時間の後、私はゆっくり目を開く。ほとんど同時に垣原も目を開いたようだった。
「垣原くんは何かお願いした?」
私は素朴な疑問を口にする。垣原は驚いた表情で私を見ると、考え込んでから言った。
「幻でも、夢でも良いから、また4人でいたいってのを、お願いした。」
少し言い淀んだ言葉に、私は察する。きっとあの事もお願いしたのだろう。そんな私に垣原が何か促すような目線を送ってくるので、私も同じように願い事を口にした。
「私も、垣原くんと同じで4人でいっしょにいたいってお願いしたよ。」
本当は他にもあったけど、それを言うのはいくら友達でも恥ずかしかった。私がしたように、垣原も何かを察したのか何も聞かずにいてくれた。私たちは古い社に背を向けると、2人で歩いて行く。