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#狂気
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「ごめん。今さらだけど、恵は食べたい物ないの? 私の欲にばっかり付き合わせてマジでごめん」
言ってから、サァ……と血の気が引くのが分かった。
恵とはいつも自然体で接していて、色んなものの好みも似ているので、一緒に遊びに行った時に困る事はなかった。
二人とも映画は何でも見るし、食べ物の好き嫌いもほぼない。
たとえば私は処理が甘くて生臭いタチや白子が苦手だけど、そういう物を出すお店は限られているし、選ばない選択肢もある。
恵も似たようなもので、今まで不自由さを感じる事はなかった。
とはいえ、今回は特別な海外旅行で、恵だってもしかしたら食べたい物があったかもしれない。
なのに私に配慮してくれて、我慢させたままだったら……と思うと、あまりの申し訳なさに気が遠くなる。
恵は少し驚いたような顔をして私を凝視していたけれど、しばらくしてから言う。
「……いや、別に? どうした、急に」
「いやいやいや、恵っていつもそうでしょ? もっとこう……、本当は別の物が食べたかった! とかない? せっかくオーストラリア来たのに!」
「いや、待て? 冷静になれ。食べたい物があったら、とっくに言ってるよ。正直、オーストラリアは初めてだし、何が美味しいのかも分からない。まぁ、オージービーフぐらいは知ってたけど、美味しいの食べられたしね。で、歩くグルメガイドみたいな二人が美味しいお店に連れて行ってくれたし、そこでもメニューを広げて選べる訳でしょ? コース料理も全部美味しいから万々歳だし。……という訳で、美味しい物を沢山食べられたし、私はまったく文句ないよ」
今度は私が恵を凝視し、「Really?」と尋ねる。
「マジ。というか、今さら私が朱里に遠慮するとか、ないわ」
「良かったぁ~……」
私は胸を撫で下ろし、大きな溜め息をつく。
そのあと、念押しで尋ねる。
「でもこう……、事前に調べて行ってみたいお店とかなかった?」
「いやー……、正直、今回は二人にぶら下がりの旅行だから、同行させてもらって、出てきた物を食べる、ぐらいしか考えてなかったかな。お土産はちょっとオーストラリアらしい物を買いたいと思ってるけど」
「そっかー」
「もしも朱里と二人で国内旅行行くなら、二人で相談して行きたい場所、食べたい物を相談するけどね。今までもそうだったでしょ?」
「うん」
私たちの会話を、涼さんはすっかり涼子モードになって嫉妬して聞いている。
なんならタオルハンカチを出して、もみくちゃしているほどだ。
「涼子も恵ちゃんに宥められたい……ッ! 全幅の信頼を寄せられたい……ッ!」
とうとう彼は、「わっ」と泣き真似を始めた。
「朱里ー、もうあとは大して用事ないし、お酒飲んじゃおうか」
「オッケー。美味しそうなカクテルがいいな」
私たちも慣れたもので、涼さんを無視してメニューを覗き込む。
「俺、ビールいっとくかな」
尊さんまで涼さんを無視したので、とうとう彼はグスグスと本格的な泣き真似をし始めた。
恵はそんな彼をチラッと見て溜め息をつき、少し大きな声で言う。
「あーあ、どうしよう。このシーフードコースと、オージーメニューと、最後に両方食べておきたいんだけど、シェアしてくれる人がいたらなぁ……」
わざとらしい助け船を聞き、涼さんはウルッとした目で恵を見る。
「……俺が立候補してもいい?」
それに恵はコクンと頷いた。
「来いよ」
「恵ちゃん男前……!」
よく分からないけれど、沢山食べられなくてシェアの助っ人を求めている恵のほうが、男前になってしまった。
私も尊さんと、シーフードとお肉をシェアする事にし、飲み物を頼んで乾杯した。
「あー! 幸せ! 甲殻類、ズッ友~!」
私と恵はお酒を飲みつつ、マッドクラブとロブスターを持って乾杯する。
「マジ、牡蠣もブラックタイガーもいける」
私たちは遠慮なくモシャモシャと旺盛な食欲を見せ、オーナーたちは笑顔でお酒を飲み交わし、食いつきのいい私たちを写真や動画に収めている。
「朱里、思い残す事なくたんと食え。ほれ、クロコダイル」
「がぶーっ!」
私は差しだされたお肉をムシャアッと食べ、モグモグと口を動かす。
「恵ちゃん、エミューのワンタンもあるからね」
「うっす」
そしてメインの六百グラムのリブアイステーキは、お互いのパートナーと半分こした。
ちなみにリブアイとは、リブロースからカブリと呼ばれる霜降り部分、ゲタと呼ばれる肋骨周りのバラ肉を除いたお肉だ。
添え物のポテトやジャスミンライスなどもペロッと食べたあと、シメはアイスクリームのフルーツ添えにコーヒーをいただいた。