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わたしは時間通りに、とある人通りの少ない商店街にある喫茶店に到着した。その店は、古びた外観と木の温もりが感じられる、少しレトロな雰囲気の場所だ。店の中は静かで、どこか落ち着いた空気が漂っている。
店に入ると、すぐに目に入ったのは奈々子のお母さんだった。思いがけずその姿を見かけ、驚きの気持ちがこみ上げてくる。
あの電話があってから、告別式を前にして、わたしに会いに来るつもりだったのだろうか。普段からそんなに会うことはなかったのに。お母さんは、奈々子の死後、連絡をくれることが多かった。
彼女の落ち着いた目の奥には、わたしが想像できないほどの深い悲しみが感じられた。
「おはよう、急に来てもらってごめんなさいね」と、奈々子のお母さんは軽く会釈しながら言った。
「いえ、こちらこそ忙しい時にお手数おかけしてしまって」
「主人にも言われて、少し外の空気でも吸ってきなさいって。でも、外は報道陣がたくさんいて、テレビでもずっとこのことばかりだし、私もずっと張り詰めた気持ちで過ごしていたの。でも、そんな中でふと、あなたに会いたくなって……」
彼女は少し迷うように言葉を続けた。
「あなたとお話ししたいと思ったの」
わたしは驚きとともに、心の中で少し戸惑った。どうしてわたしなんかに?
でも、言われてみれば、奈々子は私にとっても特別な友達だった。彼女がそう思ってくれていたのだろうかと、思いを巡らせながらお母さんを見つめた。
「何で、わたしなんかと……」
思わず口に出してしまった。
彼女は軽く微笑んで、ノートを差し出してきた。そのノートには、何かが書かれているようだった。
見てみると、それは20年前の写真が貼られたページだった。その写真に写っているのは、若い頃のわたしと奈々子だ。笑顔を浮かべながら、どこか懐かしさを感じる瞬間だった。
「これは、奈々子が持っていたものなのよ」と、お母さんが言った。
「彼女は、あなたのことをいつも大切に思っていたわ。『心から信頼できる友達』って書いてあったから、私も驚いたくらい」
「えっ……」
その言葉を聞いて、わたしは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
「奈々子から、あなたのことはよく聞いていましたよ。電話してもいいかと少し迷ったけれど、どうしてもお話ししたかったの」とお母さんは続けた。
「いえ、逆にわたしが電話すべきだったかもしれません。あの時、何もできなかったから」
と、わたしは反省の気持ちを込めて言った。
「本当に優しい子ね、奈々子もそう言っていたわ」
とお母さんは優しく言った。わたしは少しだけ顔を赤らめた。
その言葉を聞いて、わたしは驚きの気持ちがさらに強くなった。奈々子が、わたしのことをそんな風に思っていたのだろうか。
心の奥で、彼女のことを思い返す。真由美や美樹のことはどうだったのだろうか。
「美樹さんや真由美さんには、本当に申し訳ないことをしたわ。二人とも連絡は取ったんだけれど、真由美さんとは繋がらなくて、美樹さんとは少しお話しできたの。でも、奈々子は結婚してから、ほとんど友達とは会わなくなっていたの」
と、お母さんは少し寂しげに言った。
そうか、奈々子が結婚してから、私たちはだんだんと疎遠になってしまった。
最初は
「子供ができたら、集まりに来れなくなるよ」
と話していた彼女だったけれど、実際に子供ができてからは、集まりに参加しなくなった。
それでも、時々は連絡を取っていたし、ほんの少しだけ顔を合わせることもあった。でも、なんとなく奈々子が遠くに行ってしまったような気がしていた。
「一度、奈々子が子供を持つ前に、真由美が主催した集まりがあったわよね。でもその時、奈々子は旦那さんに反対されたって言って、来られなかったんだよね」
と、お母さんは少し懐かしそうに言った。
わたしはそのことを思い出す。確かに、その集まりのときも、奈々子は来なかった。でも、彼女が旦那さんに反対される理由は、よく分かっていた。
奈々子の旦那さんは、少し厳しすぎるところがあったから。お母さんもそう言っていたし、私も彼がどんな人かはよく知っていた。それが理由で、彼女が集まりに参加しなかったのだろう。
「美樹も、旦那さんが甘えん坊で、彼女が集まりに来ることを許さなかったのよ」
と、お母さんは続けた。
「それでも、私たちは少しずつ集まっていたけれど、なんだか気まずかったわ」
わたしは、そのときのことを思い出す。美樹が結婚してから、集まりに参加することが少なくなった。
最初は、旦那さんが甘えん坊で、家の近くで集まると言っても外出を禁じられていたと言っていた。
そんな状況を知っていたから、私も美樹を責めることはできなかった。でも、集まりのたびに周囲の人たちが
「それが当たり前だよね」
と笑っているのを見ると、心の中でどうしてもモヤモヤした気持ちが残った。
それでも、わたしは奈々子との関係を続けたかったと思っていた。
彼女が結婚してからは、忙しくなり、少しだけ距離ができたけれど、それでも少しずつ会える時間ができるようになっていた。しかし、子供ができると、なかなかまともに話すことができなくなってしまった。
そんな時に、奈々子が一番の友達だなんて言われても、正直、信じられないと思ってしまう自分がいた。
「でも、なんでわたしなんかが一番の友達だなんて……」
その思いが、胸の奥で強く湧き上がる。
奈々子、あなたは本当に、わたしのことをそんな風に思ってくれていたのだろうか。私には、何もしてあげられなかったのに。
どうして、そんなことを思ってくれたのか、全くわからない。でも、それが今、わたしにとって何よりも大きな問いになっていた