監視
羊の群れに囲まれ、暖かな日差しを受けながら、ふかふかな芝生に横たわる。汚れた空気が微塵も存在しない世界。永遠にこの世界に‥‥。
ジリリと鳴る目覚ましによって、無理やりにでも現実世界に引っ張られる。最高の休日を迎えるにはまず良い夢を見ることが大事だ。その第一歩は順調のよう。
何をしようかと考える暇もなく、空腹の音を上げる。昨夜から決めていたフレンチトーストを頬張り、湯気を立てた紅茶をすする。これほど優雅に朝食を迎える者はそういないだろう。
次は何をしよう。休日は次へ次へと、どのような行動をとるか、それを考えることがまず楽しいものだ。
身支度を終えれば家を後にし、人や猫や鳥や、なんともにぎやかな商店街をゆっくりと歩いて回る。小さな本屋に立ち寄っては古小説を眺め、小洒落た喫茶店でまったりと何も思考することなくくつろぐ。
帰宅をしてはふかふかなソファーに座り、買った古小説をじっくりと眺める。小説の世界に迷い込み、抜け出した時にはあっという間に夜を迎えていた。
ああ。なんとも最高な休日なんだ。明日を迎えても、今日の休日で悔いを残すことはないだろう‥‥。こいつさえいなければ。
洗面台の鏡を見たわたしは、次第に視線を上げ、反射した姿の頭上に向けると、そこには整えられた美しいまつ毛を添えた、パッチリとした一つの大きな目が浮かんでいた。
ただ物静かに、なんの感情も持たない目をしている。ドライアイ持ちでは無いだろう。一度も目をつむったところを見た事がない。そんな目がただひたすら見つめてくる。これほど気味が悪いことは無いだろう。消えてくれと言ったところでこいつは耳を持たない。まだ後ろに幽霊がいた方がマシだろう。人の形をした者ならば発言は耳を通るだろうし、返事が無くても一方的に愚痴を言うことが出来る。こいつは何の悪気もなくわたしの頭上に存在し続ける。何故こんなやつを頭上で飼い続けないとならないのか。良い一日をスタートしようにも、寝起きからこんな目と視線が合う一日は嫌だ。いつかは消えてくれるといいな。
ブツブツと通らぬ愚痴を言いながら、わたしは浴室に入った。そんな嫌な気持ちも一瞬で洗い流してくれるシャワーの時間は大好きだ。シャワーでは浴びながら色んな事を考える。明日の事。小説の推理。晩御飯の事。
しまった。考えすぎてわたしはシャンプーを使ったか、コンディショナーを使ったか分からなくなってしまった。わたしはきっちりとした性格である。初めにシャンプーを使い、次にコンディショナーを使う。これは私のルール。考えながら浴室に入り、手馴れたまま流れ作業でことを進めて行ったが故、分からなくなってしまった。
何度目の失敗だろう。最近も同じような事があった。全く自分が哀れでならない。
ため息を吐きながら、わたしは頭上の目に向かって人差し指を小さな円を描きながら回した。
目はそれを視界にとらえると、壁に向かって小さな光線を発射され、光線は一本線から次第に正方形を作り出し、投射が行われた。
映るのはシャワーを浴びるわたしの姿。初めにシャンプーを使用していることがわかった。
そう。これが目の役割。このような忘れっぽい自分を、常に見ていてくれる存在を求めた結果、いつの日か現れだした。
鬱陶しくて嫌いなこの目に助けられた後は、何とも複雑な気持ちになる。
わたしはそんな気持ちを洗い流す為に、再びシャワーのバルブを開けた。