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その日は雷が鳴っていて気を紛らわす為にテレビをつけていた。ワイドショーのキャスターが、真剣な表情でニュースを読み上げて気をいる。「最近、人を操って殺害させるという、奇妙な事件が多発しています。被害者は皆、犯人によって精神的に追い詰められ、まるで操り人形のように行動していたと見られています…」私はそれをキッチンで聞いていた。窓の外は、雨が激しく降っている。雷が遠くでゴロゴロと鳴り響き、稲妻が走るたびに、部屋の中が一瞬だけ白く染まった。シンクに置かれたまだ比較的新しいマグカップを手に取ると、颯太が使っていたものだと気づく。何の変哲もない、白いマグカップ。彼が「お揃いだね」と言ってくれた、あの日の笑顔が目に浮かんだ。あれは、もう遠い記憶のように感じる。マグカップを握りしめ、私は窓の外を眺めた。雨水が窓ガラスを叩きつけ、私の心を冷たく凍らせていくようだった。
颯太の狂気は、静かに、そしてゆっくりと始まった。それは、いつの間にか、私たち二人の関係を蝕んでいた。
私と美紀がカフェで話していると、颯太からメッセージが届いた。「今、どこにいるの?」私は彼に、美紀と一緒だと伝えた。すると、すぐに返信が来た。「そうだと思った。楽しそうだね。僕といる時より、ずっと」彼の言葉は、まるでどこかで私たちを盗み見ているかのようだった。私は思わず、周囲を見回してしまう。見慣れない客の中に、彼の姿を探す自分がいた。美紀はそんな私に気づき、「気にしなくていいよ。颯太君は仕事が忙しいんでしょ?」と声をかけてくれた。その優しさが、私にはひどく痛かった。
ある晩、美紀は私の部屋に来て、心配そうに尋ねた。「あのさ、颯太君と大丈夫? こないだ、私のSNSの投稿に、颯太君から変なメッセージが届いたんだけど…」
「何て書いてあったの?」と、私はマグカップを握りしめた。
「『椿を誘惑しないでくれ』って。冗談だよね?」
冗談ではなかった。颯太の執着は日に日に増していった。私のスマホのGPSを勝手にオンにして、常に私の居場所を把握しているようだった。ある日、会社の同僚とランチを食べていると、颯太から電話がかかってきた。「君の隣にいる男、誰?」と、まるで責めるように言った。その声の響きに、私は凍りついた。同僚は心配そうに私を見つめ、「大丈夫?」と声をかけてくれたが、私は何も答えられなかった。
美紀は私の手を取り、震える声で囁いた。「椿、お願いだから別れて。颯太くん、怖すぎる」私はただただ微笑んだ。その笑顔は、自分でも分かるほどぎこちなかったと思う。「大丈夫だよ。…きっと、颯太は私を本当に愛してくれてるだけだから」
そんな日が続いたある夜、私は、1歩間違えれば犯罪にもなるんじゃないかと思う行動を続ける彼に「もう終わりにしよう」と告げた。彼は何も言わなかった。ただ、お揃いのマグカップを握りしめる私の手を見て、静かに微笑んだ。その笑顔が、私は全身がゾワッとするほど、その笑顔は恐ろしかった。それは、すべての感情を押し殺したような、無機質な笑みだった。
別れてから数日後、彼の行動はさらにエスカレートした。私の職場に何の前触れも無く現れ、「君は僕なしでは生きられない」と囁いた。SNSには、私の写真に「裏切り者」と書かれたメッセージが毎日届く。深夜から朝方にかけて、私の部屋のドアを叩く音。最初はただの嫌がらせだと思っていた。しかし、ドアの向こうから聞こえる彼の声は、次第に怨嗟に満ちたものへと変わっていった。彼の瞳に宿る光が、ただの執着ではないと気づいた時、私は本能的な恐怖に駆られた。彼は、私を殺す気なのだと。
私は逃げた。美紀や友人達は「私たちが守るから一緒に逃げよう?」と言ってくれたが、私は「良いよ、美紀達でに迷惑かけたくないし…」と言って一人で逃げ続けた。本当は凄く怖かった…だけど友人も巻き込むのはもっと怖い。私は最初に実家に身を隠した、昼間に荷解きしてそれから数ヶ月ほど過ごしただがこんな事で颯太から逃げられる訳もなく、どこからか私がここに居ると知った颯太がある日の深夜、窓の外で颯太が私を呼ぶ声が聞こえた。「椿!!居るんだろ?!」近所の視線を気にすることなく、ただ私を求める声だった。その声は、日に日に大きくなり、私を呪う言葉へと変わっていった。それに恐怖を感じ、今度は美紀のマンションに泊めてもらったここは前に居た場所から結構離れて居たので颯太がここまで来るのにも時間がかかった様だ、だがある日、玄関の前に颯太が残した、私の好きな赤い椿の花が置かれていた。花束に添えられた手紙には「早く僕のところへ帰ってきて」と、歪んだ文字で書かれていた。椿の花言葉は「控えめな愛」「完全な愛」他にもあるらしいが、私が知っているのはこれだけだ。その美しさの裏に潜む、彼の狂気を感じずにはいられなかった。
ネットカフェで夜を明かした日、私は眠れずにスマホを見ていた。SNSには、私のフォロワーだった人々が、次々と颯太の味方になっていく様子が映し出されていた。「椿さん、颯太君が可哀想です」「颯太君は椿さんのことが大好きだったのに…」彼が私の周りの人間を巧みに操り、私を孤立させようとしていることが痛いほどわかった。まるで、颯太という名の見えない糸が、私を取り巻く人々の心を操っているかのようだった。
ある晩、私は美紀からの電話で、彼の新たな行動を知った。「椿、聞いて。颯太君、私の部屋の前に来て、ずっと謝ってるの。まるで、あなたが死んだみたいに、泣き叫んで…」私は受話器を握りしめたまま、何も言えなかった。颯太は私を殺す前に、私を失った絶望を、周りの人間に見せつけることで、自分の正当性を主張しようとしていたのかもしれない。そして、私は逃げるのを辞めた。