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― 第三話「枯れない花の場所へ」 ―
蝉の声が遠のく夕方、ふたりは神社の裏手にある山道を歩いていた。
細くて、獣道みたいなその道は、昔から“入ってはいけない”と大人に言われていた場所だった。
でも、澪は迷いなく歩いた。まるで、そこが自分の帰る場所かのように。
「ねぇ、澪」
「ん?」
「この道……前に来たこと、あるの?」
澪は立ち止まり、空を仰いだ。
茜色の光が、木々の隙間からこぼれて、彼女の頬をやさしく照らす。
「うん……多分、ある。夢の中だったかもしれないけど、何度も」
「夢……?」
「あなたと、ここに来る夢。ずっと昔のことのような、昨日のことのような、不思議な感じ」
そう言って、澪は笑った。
けれどその笑みの奥には、どこか深い寂しさが滲んでいた。
やがて、ふたりは小さな祠(ほこら)の前にたどり着いた。
その足元に、たったひとつだけ――白い花が咲いていた。
風が吹くたび、花弁が揺れる。けれど、散ることはない。
まるで、この場所に「願い」が根を張っているかのようだった。
「これが……枯れない花?」
「うん。きっと、誰かの祈りの形なんだよ」
そう言いながら、澪は静かにしゃがみこみ、花に手を添えた。
「もしかしたら……これは、私の願いかもしれない」
「君の……?」
「うん。何度も何度も繰り返して、あなたに出会って、またさよならをして……
それでもまた、もう一度だけ会いたいって、ずっと思ってた。
その想いが、花になったのかもしれない」
風が止まり、蝉の声も遠ざかった。
その瞬間、時が止まったように感じた。
「でもね、もうわかってるの」
澪は立ち上がり、僕の方を見つめた。
その瞳には、まっすぐな決意が宿っていた。
「この夏で、終わりにする。あなたを、閉じ込めたくないから」
「澪……」
「次に、夏が終わるとき。私は、きっといなくなるよ」
それが、彼女の答えだった。
この繰り返す夏の中で、彼女がたったひとつ選び取った願い――
それは、“自分だけの幸せ”じゃなく、“僕を解放すること”だった。
僕は何も言えず、ただその横顔を見ていた。
ひとひら、風に乗って白い花弁が舞った。
その軌道は、まるで別れのサインのように、儚く、淡かった。