テラーノベル
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サイレンが近づく。
救急車の到着。
救急隊が駆け寄る。
「状況は!」
「爆発外傷。肺損傷疑い。腹部圧痛あり。血圧低下傾向。酸素投与を」
一瞬、救急隊員が目を見開く。
「医師ですか?」
「鏡飛彩だ」
迷いのない声。
酸素マスクが装着される。
担架へ移す瞬間――
「ぁ……っ……」
喉の奥で、声にならない苦鳴。
胸がひくりと震える。
「動くな」
飛彩は頭部と頸椎を固定したまま支える。
ストレッチャーが救急車へ滑り込む。
「搬送先は?」
「聖都大学附属病院だ。俺が同乗する」
ドアが閉まる。
――サイレン。
車内は赤い光と振動に包まれる。
モニター装着。心拍数上昇。
血圧低下。
「収縮期80切ります」
「輸液開始。太いラインで」
針が刺さる。
永夢のまぶたが、わずかに震える。
「……ひ……」
声にならない。
飛彩が顔を近づける。
「喋るな」
手を握る。
冷たい。
「呼吸に集中しろ」
「……っ……」
胸がうまく上がらない。
飛彩は聴診器を当てる。
右肺の呼吸音が弱い。
「……間に合え」
小さく呟く。
救急車が大きく揺れる。
永夢の意識が、ふっと遠のく。
モニターの波形が不安定に揺れる。
「意識レベル低下!」
飛彩の目が鋭くなる。
「永夢!」
呼びかける。
光が、細くなる
1本の線になる
その線が、ゆっくりと閉じていく。
返事はない。
それでも、手は離さない。
誰にも聞こえない声で。
「……俺が絶対に助ける」
サイレンが、さらに高く響いた。
救急車が急停止する。
ブレーキ音。
「到着!」
ドアが開く。
夜気が流れ込む。
担架が引き出される。
永夢は動かない。
酸素マスク越しの呼吸は、機械任せに浅い。
モニターが鳴る。
ピッ……ピッ……
「血圧70台!」
飛彩は担架と並走する。
「ルート維持。輸液加速。胸部エコー準備」
自動ドアが開く。
強い白色灯。
ストレッチャーが処置室へ滑り込む。
そのとき――
「おい!」
廊下の向こうから足音。
「エムが重症だって聞いたぞ!」
貴利矢が駆け込んでくる。
いつもの軽い調子はない。
目が鋭い。
処置台の上の永夢を見る。
血の滲んだガーゼ。
青白い顔。
揺れないまぶた。
一瞬、言葉が止まる。
「……マジかよ」
モニター音だけが響く。
飛彩は振り向かない。
「肺損傷疑い。内出血の可能性が高い。緊急開胸の準備を」
看護師が動く。
貴利矢が永夢の顔を覗き込む。
「永夢。」
反応はない。
酸素音だけ。
シュー……
貴利矢の拳がわずかに握られる。
だが、すぐに顔を上げる。
飛彩を見る。
数秒。
言葉はいらない。
「……任せたぞ」
短く。
いつもの軽口はない。
ただの信頼。
飛彩の目がわずかに細まる。
「…ああ」
処置が加速する。
ガウン装着。
手袋。
マスク。
「手術室確保!」
ストレッチャーが再び動き出す。
永夢の腕がわずかに揺れる。
力なく。
貴利矢がその手に一瞬触れる。
「ゲームオーバーはなしだぞ」
小さく呟く。
扉の前。
「行くぞ」
飛彩が押し出す。
手術室のドアが開く。
強い光。
そして――閉まる。
赤いランプが灯る。
手術中。
廊下に、静かな緊張が残った。
無影灯が白く照らす。
消毒液の匂い。
金属器具の触れ合う乾いた音。
「全身麻酔導入」
薬剤がラインから流れる。
永夢の胸の上下が徐々に浅くなる。
「意識消失確認。筋弛緩良好」
顎がわずかに落ちる。
「挿管」
喉頭鏡が入り、声門確認。
チューブ挿入。
「カフ注入。固定」
人工呼吸器接続。
シュー……
シュー……
規則的に肺が膨らむ。
だが。
「換気左右差あり。右肺の膨らみ弱い」
「右肺損傷。急ぐ」
飛彩が手を差し出す。
「メス」
一瞬の静寂。
「切開」
刃が皮膚を走る。
助手が即座に吸引。
皮下組織を電気メスで止血しながら進む。
焦げた匂いがわずかに漂う。
「開胸器」
肋間が慎重に開かれる。
金属が広がる鈍い音。
胸腔内に暗赤色の血液が溜まっている。
「吸引」
ズッ――
ズズッ――
血液が引かれ、視野が確保される。
右肺の一部が挫滅し、裂傷が確認できる。
「肺実質裂傷。縫合する」
鉗子で損傷部を把持。
出血点を特定。
「血圧低下、80」
「輸血開始」
赤い液体が別ラインから流れ込む。
飛彩の手は迷いがない。
肺組織は柔らかく、裂けやすい。
慎重に、だが迅速に縫合糸を通す。
「肋間動脈からの出血も確認」
「クリップ」
金属クリップで血流を遮断。
滲みが弱まる。
だが――
モニターが乱れる。
ピッ、ピピッ――
「血圧70台」
「循環不安定」
飛彩は短く息を吐く。
「胸腔ドレーン準備。仮閉胸。ICUで管理する」
ドレーン挿入。
肋骨を固定し、迅速に閉創。
「搬送」
手術室の扉が開いた、その瞬間。
いち早く気づいたのは貴利矢だった。
顔を上げる。
出てきたストレッチャーを見た瞬間、息が止まる。
「永夢は……!? 手術は……!」
切迫した声が廊下に響く。
駆け寄る。
そして、目に入った光景に足がわずかに止まる。
白いシーツの上、永夢は完全に動かない。
胸には透明な保護シート。
その下、縫合されたばかりの傷跡。
仮閉胸の状態。
胸の脇から伸びる管。
暗い赤が、ゆっくりとバッグに溜まっている。
ピッ……
……ピッ……
モニターの波形は小さい。
頼りないほど細い。
人工呼吸器の規則的な音。
シュー……
……シュー……
自分の力では、呼吸していない。
指先には酸素モニター。
赤い光が淡く点滅している。
両腕には点滴ラインが二本。
薬液が静かに落ち続けている。
ブランケットが何枚も掛けられているのに、顔色は白い。
――まだ、危ない。
貴利矢の喉が鳴る。
その横で、飛彩がマスクを外す。
「俺に切れないものはない」
低い声。
だが視線は、モニターから動かない。
「止血は完了した。心拍も戻っている」
一瞬の安堵。
しかし続く言葉は冷静だった。
「……だが、まだ安心できる状態じゃない。再出血の可能性もある。ICUへ搬送する」
ストレッチャーが動き出す。
貴利矢は永夢の手に触れる。
冷たい。
それでも。
ピッ……
……ピッ……
確かに、生きている。
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