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――ICU
白い光。
無機質な天井。
永夢は処置台の上。
ピッ……ピッ……
モニターが不安定に波打つ。
胸のドレーンバッグ。
さっきまで緩やかだった液体が、急に増えていく。
赤が濃い。
「血圧低下。80……70……」
心拍が跳ね上がる。
「排液増加。再出血の可能性」
飛彩の声が低く落ちる。
「……開く」
無影灯が再び照らす。
胸腔は再開。
ガーゼはすでに赤く染まり、吸引音が絶えない。
ズッ――
ズズッ――
「出血増加」
「肋間動脈再出血。クランプ」
鉗子で血管を把持。
縫合糸が通る。
だが、
「SpO₂低下!」
右肺が十分に膨らまない。
「血圧60切ります!」
波形が細くなる。
飛彩の目が鋭くなる。
「止血優先。急げ」
圧迫。
縫合。
その瞬間。
モニターが激しく乱れる。
ギザギザの波形。
「心室細動!」
空気が凍る。
「圧迫開始」
開胸状態。
直接心臓マッサージ。
飛彩の手が心臓を包み込む。
一定のリズムで圧迫。
1、2、3――
「内部除細動、準備」
「チャージ」
「クリア」
衝撃。
心筋が一瞬大きく収縮する。
波形が戻るが、再び崩れる。
「アドレナリン投与!」
薬剤が流れ込む。
「圧迫継続!」
飛彩の手は止まらない。
「……戻れ」
低い声。
再度除細動。
衝撃。
沈黙。
――ピーーーーー
平坦な波形。
「圧迫継続!」
押す。
離す。
押す。
数秒。
長い。
そして――
ピッ。
小さな波形。
もう一度。
ピッ……ピッ……
弱いが、確実。
飛彩は即座に動く。
「止血完了させる。」
出血点を縫合。
クリップ追加。
確認。
胸腔ドレーン再留置。
閉胸。
飛彩は息を吐かない。
まだ終わっていない。
「循環維持。人工呼吸器継続」
胸が、機械に合わせて上下する。
自発呼吸はない。
「集中管理継続」
処置は続く。
夜が明ける。
飛彩は一度も席を離れない。
――病室。
シュー……
ピッ……ピッ……
規則的な人工呼吸器の音。
飛彩は椅子に座ったまま、瞬きすら少ない。
そこへ、ドアが静かに開く。
「よぉ」
軽い声。
振り返らなくても分かる。
貴利矢だ。
「エムの調子はどうだぁ?」
飛彩は目を逸らさずに答える。
「……変わらない。バイタルは安定している」
「相変わらず、か」
貴利矢はベッドの足元に寄りかかる。
眠ったままの永夢を見つめ、少しだけ息を吐く。
「大先生もさぁ、そんな顔すんなって」
飛彩の眉がわずかに動く。
「そんな顔してたら、目ぇ覚ましたときエムがビビるだろ?」
沈黙。
モニター音だけが響く。
飛彩の声は低い。
「……研修医は、俺を庇った」
指先が白衣を握る。
「俺の判断が一瞬遅れた。あいつは、それを埋めようとしただけだ」
「だから、ああなった」
貴利矢は数秒、何も言わない。
そして静かに言う。
「で?」
飛彩が睨む。
「そのエムの命、誰が繋いだ?」
飛彩は答えない。
「オペに入ったの、誰だよ」
「……俺だ」
「迷わなかったのも、誰だ?」
「……」
「エムを“救う側”に戻そうとしてるのも、あんただろ」
人工呼吸器の音が、やけに大きく聞こえる。
シュー……
飛彩の視線が、永夢へ落ちる。
「……俺は」
声がかすれる。
「守られる側ではない」
「知ってるよ」
貴利矢は肩をすくめる。
「でもな、大先生。ヒーローってのはさ」
一拍。
「守られることも、仕事のうちだ」
飛彩は目を細める。
「エムは自分で選んだ。あんたを庇うって」
「それはあいつの意思だ」
「全部、自分のせいにすんな」
沈黙。
ピッ……ピッ……
飛彩の拳が、ゆっくりとほどける。
貴利矢は永夢の寝顔を見る。
「目ぇ覚ましたら、絶対うるせぇぞ?」
『飛彩さん、寝てください!』ってな」
ほんのわずか、飛彩の口元が緩む。
「……あいつらしい」
「だろ?」
貴利矢はドアへ向かう。
「大先生。ちゃんと寝ろ」
振り返らずに続ける。
「エムが戻ってくる場所、あんたが倒れてたら意味ねぇ」
ドアが閉まる。
静寂。
飛彩は再び永夢の手に触れる。
温かい。
「……早く戻れ、永夢」
今度の声は、責める響きではない。
ただ、待つ声だった。
シュー……
ピッ……ピッ……
規則的な音が、変わらず部屋を満たしている。
俺はそのまま、眠りについていた。