会議室では偉い人達がそれぞれの方法で絶望しているところに倒れた父の名代として麗は出席させられていた。
当然だが、居心地が悪い。
(事件は会議室で起きてるって感じ)
新婚旅行から帰ってきて初めての出勤がいきなりこれである。
ホテルで買ったお土産のパイナップルケーキはいつ配ろうか。
すごく美味しいから癒されると思うのだが、頭を抱えている彼等に新婚旅行のお土産でーす! とキャピキャピしながらパイナップルケーキを渡せば、もれなく彼等は麗とパイナップルケーキを憎むだろう。
「うわああああ、俺達なんかもうクビにされるんだー!!」
ダンディで有名な営業部長がロックコンサートで盛り上がりすぎている観客の如く、ヘッドバンキングをした。
「家のローンがいちねーん、にねーん、さんねーん、よねーん、ごねーん、ろくねーん。あ、足りないぃいい!」
年嵩の常務がうらめしやと、皿屋敷さながらに皿ではなく家のローンの残り年数を数えている。
そしてその横で、いよいよクビを切られると、横にいる人事部長が頭を抱えて小声でぶつぶつとなにか言っている。
耳を澄ますと、転職サイトの名前を一つずつ呪文のように唱えていた。
「ボク、退職金でふわふわパンケーキ屋さんを開こうと思うんだよね。日曜日は子供達のためにいつもホットケーキを焼いてたから自信があるんだぁ」
「流石、専務! 目の付け所が違いますね。是非私もご一緒させてください」
「私も! 皿洗いには家庭内で定評があるので是非」
三ハゲと陰で呼ばれている、禿げの進行度合いが深刻なほど権力が上の、専務と商品開発部部長と広報部長が退職後の相談をしている。
パンケーキのごとく、ふわふわした事業計画だが大丈夫だろうか。
パンケーキのブームなどもう終わりを迎えているはずなのに。
しかも、修行経験はホットケーキミックスのみと来た。
いや、彼らもいい年の大人のおっさんだ。本気ではなく、夢でも見ないとやってられないだけだろう。
「とりあえずお茶でもいかがですか?」
麗は皆を落ち着かせてあげようと、会議室の端に置かれた急須を取りに行く。
そして、お茶をとパイナップルケーキをそっと出した。
営業部長が個包装されたパイナップルケーキの袋を手で破り、むしゃぁ! とかぶりつく。
まるで骨付き肉をワイルドに食べているかのようだ。
常務は俯いたままパイナップルケーキを握りしめた。
(ああ、ポロポロ落ちてるわ。後で掃除せな)
三ハゲはキャッキャウフフとパイナップルケーキを食べながら、パイナップルケーキ屋さんもいいね! とか言っている。
(駄目だ、誰一人として落ち着いてくれないない)