麗が何とも言えない気持ちになっていると、副社長が明彦を連れて会議室に入ってきた。
途端に全員が絶望を一旦止めて大人として立ち上がったので、麗も慌てて立ち上がった。
「わざわざ立っていただかなくて結構です。私はこの会社に出向してきただけで、立場は皆さんとあまり変わりませんので」
麗は明彦の言葉にそうなのかと椅子に座ろうとしたが、明彦の後ろに立っている副社長が麗に向かって座るなと全力で首を振ってきた。
「ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、改めまして、今回、この会社の再建のお手伝いさせていただく須藤明彦と申します。よろしくお願いします」
どうぞ皆さんお座り下さいと明彦が言って、やっと皆座ったので、麗も倣う。
(明彦さん、今、副社長より偉いのかな?)
明彦はニコリとも笑っておらず、近寄りがたく非情だが、仕事ができるビジネスマンという感じである。
悪の組織に操られていた時のイケメンジャーブラックはきっとこんな感じだろう。
九份の茶房でされた告白の後のことを、実は麗はあまり覚えていない。
帰りのタクシーに乗って、夕飯をホテルのレストランで食べたが、思考回路がショートしていたので、美味しかったということ以外は記憶になかった。
ホテルの部屋では流石に身構えたが、同じベッドを使ったものの、特に何もなく背中をとんとんされ寝かしつけられただけで、逆に戸惑ったくらいだ。
そうして、次の日に飛行機に乗って台湾から帰り、疲れただろうからゆっくりするようにと、頭を撫でられ、麗の部屋として提供されている寝室で再び寝た。
そして、朝になって目覚めたら、明彦が朝食を用意してくれていたのだ。
「おはよう、疲れているだろう? 仕事には行けそうか?」
と、何かあった次の日のような事を言われたが、何もなかったし、台湾と日本の時差などほとんど誤差なので、時差ぼけもなく、麗は普通に明彦が出してくれたふわふわの食パンを食べ、明彦と共に仕事に出た。
そのときは機嫌が良さそうにしていたはずだが、今は隣りにいるおじさんたちが明彦から威圧されているのをひしひしと感じる。
いや、二人きりの時のように可愛いなと、この場で撫でられまくった方が困るのだが。
「皆さんにご報告があります」
明彦の言葉に、横にいる人事部長の小声で転職サイトの呪文を唱える速度が上がり、いつ雲隠れの魔法が発動してもおかしくない。
営業部長が俺たちクビなのかと怯え、他のメンバーも、軒並み下を向いている。
麗はそんな中、ふと明彦と眼があった。
明彦が麗を見て、一瞬微笑んだのだ。
それは麗にだけ向けられていている顔だった。不意打ちの好意に麗はドキリとした。
「まずは現社長が退任なさいます。これは、社長退任の挨拶の原稿です。広報部長、社内及び社外への発表をよろしくお願いします」
「うそぉ! どうやったん?」
麗は場所も忘れて普段と同じ口調で話してしまった。
そのせいで、副社長から、んッん!んッん!んッんー、と咳払いでリズミカルに注意を受けるが、それどころではない。
皆、社長《あれ》を辞めさせたかったが、あれが創業者から受け継いだ株が多すぎたせいで、それが出来なかったのだ。
(そりゃあ、あれは援助の見返りとしてアキ兄ちゃんにかなりの株を譲っただろうけど、絶対、己の立場は確保すると思ってた)
「会社の今後について話し合いをして、納得していただいた上で、退任の後押しをさせていただいただけです。因みに、株主としての権限はお嬢さんに委任するそうです」
(娘? 娘!?? ここに姉さんはいない。ってことは……)
「へ?」
麗が驚いて固まっていると、全員の目が一気に麗に集まった後、明彦へ向かった。
(……あ、なんや、何て事はない。私を通してアキ兄ちゃんに全面的に委任するってことやわ)
麗はほっと一息ついた。
「それではその……、次の社長は須藤さんということでよろしいんですよね?」
人事部長が明彦に恐る恐る確認を入れた。
「いいえ、私がこちらの会社にいるのは再建の目処が立つまでですし、大株主でもある佐橋前社長のご意向もありますので」
「つまり?」
副社長がコテンと首を傾げた。可愛らしい仕草だ。
「つまり、次の社長は麗さんです。おめでとうございます」
(あ、やっと姉さん帰ってこれ……ん? あれ? もしかして……)
「私っ?????」
麗は立ち上がって叫んだ。
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