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「こっちへ来ちゃ駄目。」
「お祭りの日は、悪いものが集まってくるの。君みたいな子供は、簡単に食べられてしまう。」
「だからほら、今すぐ町へおかえり。」
ピピッ ピピピッ────
沈んでいた意識が、ぼんやりと浮かび上がってくる。
重たい瞼をうっすらと開けて、枕元で鳴り響くそれを、反射的に止めてしまう。
昨日遅くまでゲームしてしまったせいか、中々起き上がることが出来ない。
心地の良い眠気に引き摺られ、また眠りの中へと戻されそうになる。
その時下のリビングから、母親の「勇斗ー!起きなさーい!」という声が響いた。
母親っていうのは、どうしてこう、息子の行動が手に取るように分かるのだろう。
最悪なタイミングで起こされてしまった俺は、深いため息をついて、渋々布団から抜け出した。
階段を降りて洗面台へ向かい、まだ半開きの瞼のまま、歯磨きをする。
ぼーっとした頭で思い出したのは、さっきまで見ていた懐かしい夢の事だった。
それは、俺の幼い頃の思い出。
子供の時は誰しも、大人には言えない不思議な体験をするものだろう。
未確認生命体とか、超常現象とか、妖精とか、
そして、幽霊とか。
俺の思い出も、そんなよくある体験のひとつにしか過ぎない。
10年前の6歳の時、愛知県にあるじいちゃん達の家に帰省した日のこと。
たまたまその日はお祭りがやっていて、じいちゃんに手を引かれて、連れて行ってもらった記憶がある。
当時わんぱく少年だった俺は、じいちゃんの隙を見て走り出し、興味本位で近くの山を駆け上がってしまった。
どうせすぐ、じいちゃんの元へ帰れる。そんな甘い考えをしていた。
しかし手付かずの田舎の山は、見渡す限り同じような風景ばかりで。
自分が来た道が、一瞬で分からなくなってしまった。
今は自分の力で帰れるだろうけど、当時幼かった俺は、ただ泣きじゃくりながら歩き回ることしか出来ず、山の中を彷徨い続けた。
どれだけ歩いたか分からない。
右に行ったのか、左に行ったのか、遠くまで来たのか、元いた場所に戻ってきたのか。
宛もなく歩き続けて足を止めた瞬間、まるで幼い俺の体を攫ってしまうかのような、とても強い風が吹き抜けた。
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#推理
きつく閉じた瞼を、恐る恐る開ける。
俺の目の前には、見たこともない、錆びれた小さな神社があった。
興味本位で石畳の階段をのぼり、境内に入ったその時、突然声をかけられた。
「こっちへ来ちゃ駄目。」
山のざわめきさえ静めてしまうような、澄みきった声。
その声がした方を振り返ると、一人の青年が立っていた。
艶やかに流れる黒髪、血の気を感じさせないほどの青白い肌。
10年も前の出来事なのに、その姿があまりにも美しすぎて、やけに鮮明に脳裏に焼き付いていた。
その儚さに引かれるよう、一歩その人に近付く。
その男の人は、俺から距離を取りながら話を続けた。
「お祭りの日は、悪いものが集まってくるの。君みたいな子供は、簡単に食べられてしまう。 だからほら、町へおかえり。」
今思い返しても、その言葉の意味が分からない。
当時の俺はもっと理解が出来なくて、ただその人を見つめて、立ち尽くしていた。
意識が遠のいて、体が動かなくなっていく。
目の前が真っ白になりかけたその時、背後からじいちゃんの「おーい!勇斗!」という声が聞こえた。
その声で薄れていた意識が、一瞬で戻ってくる。
後ろを見ると息を切らしたじいちゃんが、山道を駆け上がって来ていた。
「じいちゃ───」
「何やっとるん!この山は危ないで、一人で行くなっちゅうに言ったろ!ほれ、帰るでおい!」
声を荒らげて俺を叱りつけ、少し痛いくらいの力で腕を引っ張られる。
じいちゃんに半分引き摺られながら、山を下りていく。
振り返りながら見たその人は、どこか安心したような柔らかな笑顔を見せていた。
じいちゃんには、神社のことも男の人のことも、何も言わなかった。
言っちゃいけない気がした。
だってじいちゃんの目には、あの人は映っていないように思えてしまったから。
朝の身支度を整えて、食卓に座る。
何気なくつけたテレビを見ながら朝ごはんを食べ進めると、キッチンに立ちながら洗い物をする母さんが口を開いた。
「一学期もう終わりだけど、学校は慣れた?」
「あーうん、まあまあ。」
「ずっと東京の学校に通ってたからねー、色々変わって大変でしょ?」
「そうでも無いよ、クラスのみんな優しいし。のどかな雰囲気も、俺割と好き。」
「そっか。まあ、楽しくやってるなら良かった。」
そう16歳になった俺は、産まれてからずっと過ごしてきた東京を離れ、親の仕事の関係で田舎へと引っ越してきていた。
この、じいちゃん達が住む家に。
ここに引っ越してきたからだろうか、東京にいた時は一度も見なかったあの夢を、頻繁に見るようになった。
さらにここ最近は、何日も連続で夢を見ていた。
信じ難いけれど、理由を考えれば一つしか思いつかない。
ちょうど来週は、例のお祭りの日なのだ。
朝食を食べ終え、席を立つ。
「いってきまーす」と家族に声をかけて、鞄を持ち靴を履いた。
外へ出ると、あまりの暑さに思わず目がくらっとしてしまう。
俺は汗を拭いながら、学校へと足を進める。
夏の熱を孕んだ七月の光が、背中に何かを刻むようにジリジリと焼き付いていた。
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なんともう新作が🫣 更新を楽しみにお待ちしています!