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9 - 第9話銀の執事と静かな主―続―

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2026年01月24日

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それから季節が一つ巡り、屋敷の庭には白い椿が咲いた。
恒一は以前よりも人前に立つことが増え、当主としての振る舞いも板についてきていた。

その変化を、ルカは誰よりも近くで見ていた。


「最近の恒一様は、よく笑われますね」


ある午後、書斎で紅茶を淹れながらルカが言うと、恒一は書類から目を上げる。


「そうか?」


「ええ。以前よりも、ずっと」


一瞬の沈黙。

恒一はペンを置き、窓の外に視線を向けた。


「……君がいるからだよ」


それは独り言のようで、しかし確かにルカに向けられた言葉だった。



その夜、恒一は珍しく執事室を訪ねてきた。


「ルカ。少し、話がしたい」


執事室は質素だったが、きちんと整えられている。

恒一はその様子を見渡し、ふと眉を下げた。


「君の世界は、ここなんだな」


「はい。過不足のない場所です」


「……僕の部屋より、落ち着く」


そう言って、恒一は小さく息をついた。


「今日は、“当主”じゃない僕として話したい」


ルカは静かに椅子を勧める。


「承知しました。——恒一様」


その呼び方は変わらない。

だが、空気はいつもより柔らかかった。



「怖いんだ」


恒一は唐突に言った。


「立場を失うことも、信頼を失うことも。

でも一番怖いのは……」


言葉が途切れる。


「君が、いなくなることだ」


ルカはすぐには答えなかった。

執事としての正解は、慰めることでも、約束することでもない。


それでも——。


「私はここにいます」


短く、はっきりと。


「今この瞬間も、明日も。

それは、契約だけの理由ではありません」


恒一は驚いたように目を見開き、それから、ほっとしたように笑った。


「……ずるいな、君は」



その日から、二人の間に小さな変化が生まれた。


言葉を交わさなくても分かる沈黙。

視線が合ったときの、わずかな間。

夜の見回りのあと、同じ月を見る時間。


触れ合うことはない。

それでも、確かに“特別”だった。



ある朝、恒一は言った。


「もし……すべてを終えたあと、

ただの一人の人間になれたら」


ルカは答える。


「その時は、私は執事ではなくなりますね」


「……それでも、そばにいてくれる?」


ルカは一瞬だけ微笑み、深く一礼した。


「その問いに答える資格を得るために、

私は今日も、良い執事であり続けます」


恒一は何も言わず、ただ頷いた。



主と執事。

超えてはいけない線は、今もそこにある。


それでも二人は、

いつか言葉にする日を知らぬまま、

同じ時間を選び続けていた。


静かで、確かで、

誰にも見えない想いを抱いて。


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