俺の家は決して裕福なんかではなくて。
俺の家は周りから見れば少し古くて脆い。いつ崩れてもおかしくないような家だった。
それでも、そんなのどうでもいいくらい幸せな家庭だった。
家に帰れば母親が笑顔で迎えてくれて、「今日は何したの?」って優しく俺の話を聞いてくれる。
少し待てば父親が帰ってきて皆で食卓を囲って、何でもないことで笑い合いながらほかほかの出来たてのご飯を口に運ぶ。
お金なんかよりも、高級な家よりも大切で重要なものを俺は確かに持っていた。
《ずっと自分を繕ってたくせに?》
『…え?、』
気付けば辺りは真っ暗で、頭の中に誰のかわからない声が響き渡る。
その声はどこか怒りと苦しさを持っていて、俺の心に容赦なく刺すようだった。
《制服に隠れた傷跡を見せる勇気も無かったくせに?》
《本当に幸せだった?》
《お前の笑顔は本物だった?》
『や、やめ……』
《なぁ、質問に答えろよ》
威圧的な声に肩がビクリと反応した。
暗闇の中独りぼっちの孤独感とその恐怖に俺は身を小さくして叫ぶように声を張った。
『俺は…幸せだった……!そこが俺の居場所だったから…』
《居場所だったから?》
《居場所じゃなかったら幸せじゃなかったんだ?》
『ち、ちが!!』
《1個大切な事を教えてやるよ》
『…っ、』
《今のお前に居場所なんてどこにもねぇんだよ》
『…え……?』
《本当はお前が一番わかってるはずだろ?》
ちがう…ちがう…
『違う…違う…っ!』
《学校でも家でも自分を繕う事で自分自身を守ってきたつもりか?》
ちがう…ちがう…ちがう…ちがう…
『やめて…やめてや………っ!』
《自分自身を隠す事しかできねぇやつが、誰かに本当に愛されると思うな》
ちがう…ちがう…ちがう…ちがう…ちがう…ちがう
『や、やだ…やめて!!やめて…っ!』
《誰もお前の事なんて見てねぇんだよ》
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!!
『うわぁあああ゛あ゛あ゛!!!!!』
俺は幸せだった。
だって皆笑ってた。
「…ん!」
母親も父親も幸せそうに笑ってた。
俺の不安とか心配事とかはきっと迷惑だから、話せなかった。
でもそれでも幸せだった…!
学校でだって俺が我慢すれば皆幸せに過ごせる。
「ら…ん!!!」
幸せだった…
幸せだった…よな…?
俺は…俺は…!
オレハ…!
《ホントウニシアワセダッタ?》
「らんっっっ!!!!!!」
『…へ?』
聞き覚えのある声が俺を現実に連れ戻す。
目を開けば朝の光と、心配そうに俺の顔を覗き込む2つの人影があった。
1つは昨日俺が落ち着くまでずっと側に居てくれたいるま。もう1つは彼の4歳年下の弟であるなつだった。
なつは俺が起きた事を確認するとぐいっと更に顔を近づけてくる。
「大丈夫か?!…めちゃめちゃ魘されてたけど…」
俺の手を握りしめながら、不安揺れた瞳が俺を真っ直ぐ見つめた。
ドクドクと激しい鼓動と息切れ。背中につたる気持ち悪い冷や汗は誤魔化すことは不可能に近かった。
それでも俺は……
『うん、大丈夫。ちょっと怖い夢見ただけやけぇそれでちょっと…な?』
余計な心配を掛けたくない。
これ以上俺のために心に負担を掛けさせたくない。
だから俺は今俺にできる精一杯の笑みを浮かべて言葉を並べた。
『…そんな事よりも、なつ久しぶりやなぁ…!ちょっと訳あって泊めさせて貰ってたんよ』
未だに不安に揺れる赤色の瞳を知らないふりして明るい声色を心がけながら声を出した。
なつは「はぁあ……」なんて大きく溜息を吐いたあとに呆れたように、安心したように笑みを浮かべた。
俺はそれに酷く安心する。
「全く…事情はいるまから聞いてる。…大変だったな…。」
『あーうん、ほんま何が起こったのか処理できんくて脳味噌バグり散らかしてたわw』
なつの後ろで腕を組みながら立っているいるまと目が合う。
安心したような表情を浮かべるなつとは対照的に厳しい表情を浮かべる彼に思わず目をそらした。
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