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「つらい」
瑞奈が鼻マスク越しに俺を見た。シューシューと空気の出し入れ音が、鼻マスクから漏れている。入院して二週間が経った。
「鼻マスク、もういや」
自力呼吸だけで酸素を取り込めなくなった瑞奈は、飲み込む喉の筋力も衰え、食欲ががくんと落ちていた。
「瑞奈」
握った手を、握り返そうとする瑞奈。しかし、すぐに脱力するように、彼女から力が抜けていく。
「力が入りゃにゃい」
寂しそうに口もとをゆがめようとするも、その表情は硬い。瞼の下の表情筋が僅かに動いただけで、口まわりは凍ったように張っていた。
頭部を摩ってやると、気持ちいいのか、瑞奈は目を閉じた。鼻マスクからすーと深い呼吸音がし、こわばりがほどけた。眠りに落ちたのだ。
指先で瑞奈の眉あたりを撫でていると、ぱちりとその瞼が開かれた。
「眠ってたんじゃないのか?」
瑞奈は俺の問いに答えなかった。口を難儀そうに開く。
「つらい。鼻マスク止めて。もう……死にたい」
瑞奈が俺を直視する。手が鼻マスクの電源に向けられた。
「引っこ抜いて」
黒目を大きくしながら、瑞奈が乞うような視線を投げた。
彼女の瞳に吸い込まれてしまいそうだった。お願い、と訴えかける瑞奈が、大丈夫だから、と俺に安堵を抱かせるように、首をぎこちなく縦に振る。
俺の腕が浮いた。
電源をじっと見る。お願い、瑞奈は喋っていないのに、そう背を押された気がした。手が電源に伸びる。瑞奈からの身じろぎが止んだ。音を立てて唾を飲み込んだ俺は、鎖骨あたりに変な力が入っているのを感じながら手指を開く。電源コードに指がかかった。瑞奈が固唾をのんでいることが伝わってくる。瑞奈を楽にさせたい。瑞奈から辛さを取り除いてあげ……、俺……何やってるんだ?
弾かれたように、指が電源コードから離れた。
「楽にして……欲しかった」
畳むように瞼を閉じた瑞奈。涙が一粒浮いている。暫くすると苦しそうな寝息が聞こえてきた。
もしも次に、同じことを頼まれたら、俺はどうするだろうか……? 答えのでない感情のやり場。血を流すように泣くしかできなかった。
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