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鋼谷直樹は錆の都に来てから、まだ数日しか経っていないが、その疲れは既に何年分にも感じられた。毎日のように現れる幽霊との戦い、そして廃墟だらけの街並みでの孤独な任務。錆の都は、彼が想像していた以上に過酷な場所だった。
直樹は夜の廃ビルの一室で、ひと息つくために床に腰を下ろしていた。幽霊との戦いで体はボロボロだが、それ以上に精神的な疲れが彼を襲っていた。
「やれやれ……これがブラック企業の『スキルアップ』ってやつかよ」
冷たいコンクリートの床に背を預け、苦笑いを浮かべる。そんな彼の手には、彼の異能である「鉄鎖」が巻きついている。その鎖は重厚でありながらも、どこか神秘的な輝きを放っていた。彼の家系に代々伝わる、いや伝わっていくであろう霊具であり、彼が初めてこの鎖に触れたとき、まるでそれが彼を選んだかのような感覚があった。
この「鉄鎖」は、ただの武器ではない。幽霊を捕らえ、鎮めることができるだけでなく、時には幽霊の記憶や思念を彼に見せることもあった。だが、非常に不安定で、彼自身もすべてを把握しているわけではない。
「『使え』って言うけど、これの使い方なんてろくに教わってねえしな……」
直樹は鉄鎖をじっと見つめながら、ふと幼い頃に父から聞かされた話を思い出した。父もまたゴーストバスターであり、この鉄鎖の先代の使い手だった。彼の父は、「鉄鎖を信じろ。それが、お前の心に応える」とだけ言い残して、任務中に亡くなった。
「信じる……ね。こっちは命がけなんだぜ?」
直樹は鉄鎖を握りしめ、何かを試すようにゆっくりと念を込めた。その瞬間、鎖が光を放ち、冷たい金属の感触がやや暖かく感じられた。
そのとき、遠くから低い呻き声が聞こえてきた。声の主は、この廃ビルに潜んでいる幽霊に違いない。直樹は立ち上がり、鉄鎖を構えた。
「よし、かかってこい。覚悟は決めたぜ」
廊下の奥から姿を現したのは、戦争中に亡くなった兵士の幽霊らしき存在だった。軍服をまとい、恨みのこもった目で直樹を睨みつけている。彼は、生前強い執念を抱えて死んだのだろう。その霊気は他の幽霊よりも凶暴で、まるで生きているかのような迫力を感じた。
「まずはお前を鎮める……鉄鎖、頼むぜ!」
直樹は鉄鎖を思い切り振りかざし、幽霊に向かって投げつけた。鎖は空中でまるで生き物のようにしなると、幽霊の体に絡みつき、その動きを封じた。しかし、幽霊は凄まじい力で抵抗し、鎖を引き千切ろうとするかのように暴れた。
「くっ……思った以上に手強いな!」
その瞬間、直樹の中に何かが流れ込んできた。それは幽霊の記憶、戦争の苦しみと絶望、そして彼の心の中にあった強烈な未練の一部だった。鉄鎖が、幽霊の思念を伝えているのだ。
「お前は……帰りたかったんだな」
幽霊の記憶が見えたことで、直樹はその霊の哀れさに触れ、同情を感じた。しかし、仕事は仕事だ。このままでは他の人間に危害が及ぶ。
「安らかに眠れ。苦しみは終わらせてやる」
直樹は力を込めて鉄鎖をさらに引き締め、幽霊を完全に封じ込めた。やがて幽霊は静かに消え去り、辺りは再び静寂に包まれた。
「これが俺の仕事か……。まあ、少しは『信じる』意味がわかった気がするぜ」
直樹は鉄鎖を握り直し、ふっと微笑んだ。自分と鉄鎖の絆が少しだけ深まった気がする。そして、この街で幽霊と向き合うことが、自分にとっての試練であり、使命であることを改めて感じた。
錆の都での過酷な日々はまだ続くが、彼の中には確かな決意が生まれ始めていた。