仲間たちが、お姉様とレイロを見張っておくように他の人に頼んでくれたので、あとは任せることにした。
二人の顔を見なくて良くなったことで、私のイライラはかなりマシになった。
でも、エルはそうじゃなかった。
感情のコントロールができるはずのエルが、ずっと眉間に皺を寄せている。
仲間たちは腹が減っているのだろうと決めつけ、少し遅めの昼食を一緒にとることになった。
私とエルが向かい合って座り、その左右に仲間たちが座った。
「一体、何があったんですか? それに、どうして、エルファス隊長のお兄さんが来ているんです?」
「赤ん坊とエイミー様は引き離されたみたいですけど、何かあったんですか?」
「レイロ様は何をしに来たんです? 子供を迎えに来たんですか?」
仲間たちから質問攻めに合って、食事が進まない。
こんなことをされたら、余計にエルの機嫌が悪くなる気がする。
かといって、何から話せば良いのか迷っていると、一人が手を挙げて質問する。
「隊長、ずっと好きだったって言ってましたけど、それって何の話なんです?」
私も気になっていた、と言おうとしたけど無理だった。
エルが盛大に飲んでいた水をふき出したからだ。
「ぎゃーっ! 隊長! 何やってるんですか!」
「アイミー様、大丈夫ですか!?」
「……ちょっと、エル。私に何か恨みでもあるの?」
「……わ、悪い!」
エルがふき出した水が私の頭や体に降りかかってきたので文句を言うと、エルは慌てて謝ってきた。
「悪気がないみたいだから今回は許すけど、そんなに動揺すること?」
濡れても風魔法で乾かせばいい。
でも、一度、顔や髪を軽く洗いたくて立ち上がりながら聞いた。
すると、仲間の一人が質問した彼の頭を叩く。
「馬鹿だろ、お前! 聞かなくてもわかるだろうが!」
「え? そうなんすか?」
「わかるの?」
食いついてみると、質問した彼以外の仲間たちは揃って眉根を寄せた。
エルは私と目を合わせてくれないし、一体、何のことなのかしら。
「何なのよ、その顔。みんなはわかるの?」
「あの、アイミー様、もしかして気付いていないフリをしているとかですか? それとも、本気でわかっていないんですか?」
「何よ、気付いていないフリって。そんなのしてないわよ」
はっきりしない仲間たちを軽く睨むと、エルが言う。
「もういい! アイミー、顔洗って来いよ。食事も新しいものを用意してもらうから」
「食べられるから大丈夫よ。魔法で水分だけ浮かせるわ」
「いや、でも、汚いだろ」
「捨てるのは勿体ないわ。食べれないことはないわよ」
「じゃあ、そっちは俺が食うから、俺のと交換しよう」
お互いにそんなに食べ進めていなかったから、エルは自分の分と交換してくれた。
「ありがとう」
お礼を言って、テントの外に出る。
人に迷惑のかからないところに移動して、服を着たまま水浴びした。
風魔法で全身を乾かしながら考える。
エルは何をずっと好きだったと言おうとしてたのかしら。
まさか、私を好きだったとか?
ない。
ないわ。
だって、昔から私はレイロ馬鹿だった。
仲間も言っていたけど、昔の私は頭がお花畑だったから、エルが好きになるようなところがない。
エルとは昔から仲良くしていたけど、親友みたいなものだった。
エルだってそう思ってくれているはず。
そういえば小さい頃、エルに剣で勝てなくて癇癪を起こした私は、魔法を暴走させてエルの体を傷付けた。
エルはそのせいで大怪我をしたのに、笑って許してくれた。
でも、大泣きして謝ったのを覚えている。
あの時から、大切な人を守るために魔法を使いたいと思うようになったんだわ。
あの時のエルは私を好きだったから許してくれたの?
……と、懐かしい思い出に浸っている場合ではないわね。
髪や服を整え、食事を再開するためにテントの中に戻った。
******
その日の晩、私と赤ちゃんは転移魔法で、一緒に実家に帰った。
私の両親とヨハネスは私の帰還をとても喜んでくれた。
でも、それよりも赤ちゃんが可愛くて、すぐに放置された。
こんなものよね。
赤ちゃんは守られるべきものだもの。
……全く寂しくないといえば嘘になるけど。
第3騎兵隊は騎士団長の命令で、戦地に残ることになった。
今までボランティアだったものを、急遽、任務に切り替えたのだ。
私が皆を巻き込んだと思わせないようにするためか、それとも本当に終戦の時が近いのか、全部隊が戦地に派兵が決まった。
終戦の時が近いのでしょうね。
良いことだとは思う。
でも、相手も総力戦でくるはずだから、仲間のことを考えると怖い。
エルには1日1通、私に手紙を送ることや、ピンチの時には必ず連絡するように約束させた。
命令違反だと処罰されても、絶対に助けに行くと決めている。
戦地にいるほうがいい。
私には人を守る力があるんだから。
どうして、私は安全圏にいるの?
後方支援ではなく、戦闘に参加するなら許してもらえるかしら。
モヤモヤしている内に3日が経った。
今日は、お姉様とレイロの子供のミレイを、どちらの家が育てるか話し合うことになっている。
そういえば、ご両親はエルに何を伝えたのかしら。
結局、教えてもらえなかったのよね。
『ずっと好きだったから』
あの時のエルを思い出すと胸が痛い。
もし、あれが私のことだったとしても、過去形なんだもの。
気にしなくて良いのよ。
と、毎回思い出すたびに思っている。
その時、目の前にひらひらと便箋らしきものが落ちてきた。
エルかと思ってドキドキしたけれど違った。
差出人はレイロで、私やミレイに会いたいという言葉と、私はいつ戦地に来るのかと書かれていた。
戦地に行けるのか、それは私が知りたいわ。
レイロは第3騎兵隊に任務の命令は出ているのに、私が戦地にいないことを気にしていた。
『君は怖くなって逃げたと言われているよ。君のことを悪く言う人がいるのはしょうがない。覚悟して戦地に戻るんだ。怖いのは誰だって同じだけど、今度こそ、俺が君を守る。だから、一緒に戦おう』
何を好き勝手言ってくれているのよ。
こちらの都合も知らないで……。
私のことを怖くなって逃げたって言っている人を目の前に連れてきてほしい。
一緒に戦おうですって?
あなたがそんなことを決められる立場じゃないでしょうに。
レイロと一緒にいたいと言って、お姉様は私の代わりに第3騎兵隊の後方支援に入っている。
お姉様は第二王子との婚約を破棄したいというよりかは、レイロと結婚したかった。
だから、一度きりだとか、バレないと言ってレイロを誘惑した。
この時にレイロは、お姉様という妻とは別枠になる性欲処理の相手を見つけた。
二人の秘密であれば、私にも第二王子にもバレない。
戦争が終わるまで第二王子とお姉様は結婚しない予定だったし、終わってもエルか私がお姉様の婚約を解消してもらうつもりだったからだ。
いつまで私に執着するつもりなのかしら。
私がエルと恋仲になれば、レイロはどうするんだろうか。
……人を守りたいと言っておきながら、レイロに殺意を覚えるのは良くないわ。
他のやり方で復讐させてもらいましょう。
心を鎮めようとした時、頭に浮かんだものがあった。
そうだわ。
守るというのは、回復魔法をかけるだけじゃない。
ついでに、お姉様に痛い目に遭ってもらうために、あの魔法を覚えておこうと思った。
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