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「エディ、やっぱり明日の朝に出発しない?」
「チッ、ミア、俺が朝弱いの知ってるだろ?さぁ、さっさと行くぞ」
(今、舌打ちした……?)
「ったく、なんで俺が!」
「ごめんね、エディ」
「ごちゃごちゃうるさいから、さっと乗れ」
「あ、う、うん」
「なんで俺がお前なんかと一緒に出かけないといけないんだ」と、何度も悪態をつかれていた。
この頃の私は、嫌われるのが怖くて言いたいことも言えなかった。
だから、エディの機嫌を取ろうと必死だった。
エスコートされることもなく、一人で馬車へと乗り込むと向かい側に腰を下ろした。
「わっ!」
きちんと座り終える前に馬車は動き出して、バランスを崩してよろめいたけれど、
エディは見向きもしなかった。
エディはモデア男爵家の息子だった。男爵と言えども、裕福ではなく、私たち庶民との距離も近かった。
両親は男爵家管轄の小麦畑で働いていた。私も手伝えることはなんでもした。
そのせいで、日に焼けて肌荒れもして、近所の子達からからかわれることも多かった。
そんな時、「ミアはいつもよく働くね。ミア達のおかげで小麦も僕も、すごく元気になれる。ミアは誰よりも綺麗な女の子だよ」と、励ましてくれる男の子がいた。
綺麗だなんて言われたことのなかった私は、舞い上がってしまい、嬉しいやら恥ずかしいやらで、男の子の名前を聞いたのに、吹き飛んでしまった。
かろうじて、「エ」がついたことだけは覚えていた。
立ち去る後ろ姿を見送っていると、男爵が馬車に案内していたことを覚えている。
モデア男爵は他にも所有している土地がある。男爵は自ら出向いて視察するので忙しく、それから男爵の姿を見る機会はなかった。
同時に、あの男の子も見かけなくなった。
たぶん、モデア男爵の身内なので、一緒に領地を見回っているのだろうと思った。もう一度きちんと会ってお礼が言いたいし、寂しくもあった。
それから数年後、両親が亡くなった。
モデア男爵は、長年勤めてくれた両親への感謝とお礼の気持ちも込めて、息子のエディの婚約者にならないかと打診を持ちかけてくれた。
身分のことは気にしなくていいからと。
ミアなら小麦畑にも詳しいし、二人で守ってくれたら嬉しいと。
恐縮したけれど、断る勇気もなく、お受けすることにした。
断る勇気がなかっただけではない。
男爵には三人子供がいると聞いている。もしかしたら、婚約者は、あの時庇ってくれた男の子かもしれないと、淡い期待があったからというのもある。
そして、顔合わせの日━━私の淡い初恋の思い出は、木っ端微塵に崩れ去った。
「お前が婚約者?━━貧相だな」
上から下まで舐め回すように見た後の一声がこれだった。
とてもあの頃の男の子とは思えなかった。
けれど、他の兄弟の名前には「エ」がつかないので、おそらくあの時の男の子はエディなのだろう。認めたくないけれど……。
父親が決めたから仕方なく結婚してやると、あからさまに横柄な態度に幻滅した。
それでも最初の頃はまだ良かった。
風向きが変わったのはある出来事がきっかけだった。
毎年開かれる小麦の品評会で、モデア男爵領の小麦が優勝したのだ。
一生懸命育てていた小麦が評価されたのはすごく嬉しかった。自意識過剰かもしれないけれど、私も少しは貢献できているはずと、誇りに思っていた。
けれど、卸先も急激に増えて、裕福になると、元々働いていた私達は突然解雇された。優秀な小麦畑で働くのは、平民では無理だと……。
何度も男爵様に抗議したけれど、私たちの声は無視された。
私は早急に仕事を探して、パン屋で雇ってもらえることになった。とても感じのいいご夫婦のパン屋で、ほんの少し荒んだ心が救われた。
私たちの代わりに小麦畑の管理を任されたのは、ストーク男爵令嬢だった。共同管理を打診してきたストーク男爵の娘。
令嬢や、どこかの貴族の三男や4男など、貴族だけで畑の管理ができるのか疑問しかない。高貴な者が管理することで、更に優秀な小麦が育つからという理由らしい。
そして、解雇通告で落ち込む私の元にエディが突然やってきたのだ。
まだ気持ちの整理もつかないうちに、モデア男爵様の所へ一緒に行くように言われたのだ。
「うふふ、もぉうエディたらぁ、やぁだ、うふふ」
「セレナ、今日も可愛いね、誰も見てないから、いいだろ?」
「ちょっと、もぉうエディ、いやぁ、待って。 あら?あなた、何か用?こっちを見ないで!ねえ、エディ、どうしてこの女が一緒にいるのよ?だって、私たちもうすぐ結婚するじゃない」
「あぁ、セレナ分かってくれ、こんな女でもまだ、一応婚約者なんだよ、書類にサインしてもらわなきゃいけないから。すぐに解消するから」
エディの腕にべったりと腕を絡ませて、豊満な胸を押し当てるように寄り添う女性。
これまでも度々こういう状況があった。
婚約しているから、定期的に交流する必要があるとかで、エディと私は出かけることもあった。なぜか三人で。いつもいつもエディの腕にはセレナ嬢がくっついていた。
目の前でいちゃつく様子を見せられて、ため息が漏れる。
そんな様子が二人は気に入らないのか、何かと文句を言ってくる。
「だいたいな、お前のその態度はなんだ!俺様に感謝の気持ちはないのか⁉︎お前が本来なら乗ることのできない、こんな豪華な馬車に乗せてもらってるにも関わらずその目が気に入らない!」
「ほんとよね、これだから平民は」
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「セレナ、君のような高貴な女性が口を聞いてはいけないよ。さぁ、俺を見て」
「エディ……」
抱き合い完全に二人だけの世界に入りつつあった。
「はぁ……」
私だって、別にエディと結婚したいなんて思わない。そちらがそういう態度なら、喜んで婚約解消するわ。もう勝手にして
「きゃぁ!」
「な、なんだ、どうした!」
「きゃあ!」
ガタンという激しい音と共に、突如馬車が激しく振動を始める。
恐怖のあまりに、おろおろして何かを掴もうとする。
エディとセレナ嬢は抱き合いながら震えている。
「ぼっちゃん、大丈夫ですか!すんません」
ほんの数分の出来事だったのかもしれない。車輪が脱輪したことで馬が驚いて、暴走したことが原因だった。
ほっとしたのも束の間。目の前では相変わらず二人が愛を囁きあっている。
まるで、死の淵から生還したかのように。
「エディ、私、御者の人のお手伝いをしてくるわ」
「おい待てミア! 勝手なことをするな!俺はもう我慢の限界だ!こんな、死にそうな目にあったのも、全部全部お前のせいだミア!」
「え…?」
何を言っているの?言われた意味を理解することができない
「今、俺は死ぬかと思った……走馬灯が見えたよ。そして、俺は、セレナ、君のいない人生なんて考えられないと思った。死ぬ前に後悔したくない!ミア!お前との婚約は破棄だ!」
「エディ──」
「気安く俺の名前を呼ぶな!平民が!お前は今、俺たちを殺す所だったんだ!疫病神が!とっとと失せろ!」
「は⁉︎エ」
「二度と俺の前に姿を見せるな!お前にくれてやる金もない!とっとと失せろ!」
あまりにも意味不明な暴言を吐かれて、頭が真っ白になった。
放心状態で佇む私を、容赦なくエディは突き飛ばす。
「痛い!」
エディを思わず睨むと、手を振り上げるのが見えた。殴られると怖くなって、その場から急いで逃げ出した。
走って走って、気がついたら涙が溢れていた。それでもひたすら走り続けた。
こんな姿を見せたらおかみさんも心配するから、どこかで時間を潰そうとお店に入ったことまでは覚えている。
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