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やがて訪れた、撮影当日──
スタッフさんにヘアメイクをしてもらっていると、わずかに開いていた部屋のドアの隙から、真っ白な何かがスルリと入って来るのが、視界の端に映った。
(あっ、ミルクちゃんだ……!)と、とっさに思う。
私の足元ヘと歩み寄って来た彼女は、親愛の情を示すようにしきりに頭を擦り付けた。
「ミルクちゃん、久しぶりね」
そう声をかけると、ミルクは応えるようにニャーと鳴いた。
私が覚えていたことに満足したらしく、邪魔もせずにおとなしく足を揃えて座っているミルクを見ていたら、ふといいことを思いついた。
ノックの音がして、着替えを終えた貴仁さんがやって来ると、私の足の下にいるミルクを驚いた様子で見つめた。
「ミルク、こんなところにいたのか?」
「はい、さっき入って来まして」
鏡越しに、貴仁さんと会話をする。
「そうか、邪魔ではなかっただろうか?」
「いいえ」と、首を小さく横に振る。
「あの、それでいいことを思いついたんですが、ミルクちゃんもいっしょに写真を撮りませんか?」
「ミルクも?」さらにびっくりしたような顔になる彼に、「ええ」と、にっこりと笑って頷く。
「君が言うなら、そうしようか」
鏡に映る彼の顔が、柔らかにほころぶ。
「では、源じいに頼んで、ブラッシングをしてもらおうか。ミルク、おいで」
ミルクが彼に連れられて出て行くと、メイクを施してくれていた女性スタッフさんと、鏡の中で顔を見合わせ、
「ステキな方ですね」「とってもステキ……」
ほとんど同時に口にすると、思わずほぅーっとため息がこぼれた。
実は、仕度を整えた彼が部屋を訪れた時から、裾が長くエレガントなシルバーグレーのタキシードの出で立ちも、オールバック風なヘアースタイルも、すごく似合って格好良くてと感じていたのだけれど、面と向かってはちょっと照れくさくて言い出せなくて、つい猫の話に終始してしまっていた。
「久我社長は私も知ってはいましたが、あんなにも魅力的な方だったんですね」
メイクさんに、「はい……」と、照れくさい気持ちのまま答える。
「これは、お墨付きのいいお写真が撮れそうですね。ではヘアメイクの方は済みましたので、ドレスに着替えましょうか?」
頷いてドレッサーから立つと、パニエを着け、一人では着にくい華やかなウェディングドレスを、数人の方に手伝ってもらって身に纏った。
部屋を出ると、ブラッシングを終えて白い毛並みに映える真っ赤なリボンを首に結んでもらったミルクが、ちょうど源治さんに抱かれて現れたところへ出くわした。
「ああ、とてもお綺麗で……」
私のウェディングドレス姿を見た源治さんが、目尻に涙を滲ませる。
「ありがとうございます。ミルクちゃんも、可愛くしてもらったみたいで」
手の平でそっと頭を撫でると、応えるように「にゃー」と鳴き声を上げた。
「貴仁様は、お庭でお待ちですので、ご案内します」
源治さんに導かれて庭園へ向かうと、水瓶を持つ女神像の前に佇んでいた彼が、私へ片手をつと差し出した。
その優美な仕草は、さながら舞踏会でダンスへ誘う王子様を彷彿とさせるようで、うっとりと見とれてしまう程だった。