テラーノベル
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商店前の小路に群舞する、青白い燐火。
それは、本当に美しい光景だった。
あるものは蛍のようにふわふわと躍り、あるものは道に迷った人魂のように漂っている。
その中心に居るのは、九尾譚に語られる絶世の美女の血縁者。
私はその光景に、ただただ見惚れ、心を奪われた。
「………よもや、吐かれた唾を呑み込みはしますまいな?」
背筋に冷たいものが走った。
比喩ではなく、この狐火は冷たい。
辺りの気温が、見る見る低下してゆくのを感じた。
それはまるで、童女の心の温度を示唆しているようだった。
あぁ、やっぱりこの娘は、人間を恨んでいるんだ。
妖怪たちを生み出した挙げ句、そんな彼らを恐れ、時には嘲り、徹底的に忌避《きひ》した人間を。
「呑み込みゃしませんよ。 ほれ、思いっきり来なさいな!」
「面白い………!」
群れを離れた火の玉がひとつ、熱されたガラスのように伸び上がったかと思うと、立派な太刀姿を露わにして、童女の手のひらに握り込まれた。
いやそれシバくって言わなくない?と、途端に取り乱しそうになる私だったが、これには流石の近侍の彼も、まるっきり肝を潰したようだった。
「御屋形さま! 神前で御座る! 神前で御座るぞ!?」
「下がりおれ琴親………!」
もはや彼女の眼は、ただ一人に据えられており、いっさい脇を見ようとしない。
その模様はまさに、目先の獲物に狙いを定めた獣のそれだった。
「………………っ」
いや、そうじゃないだろと、胸の奥に熱火が湧いた。
獣じゃないから、あなたもあなたの御先祖さまも、人知れず苦しんだんじゃないのか?
獣じゃないから、あんな表情で───
「あ、そうか………」
そこで、私はようやく違和感の正体を知った。
胡梅さんの御社を辞してからこちら。 遡れば、あの映像を見てからずっと、胸の奥に蟠っていた最大の違和感だ。
竹林の中を行くふたりの顔には、一見して悲壮なものが漲っていた。
その行脚が、尋常なものではないと思わせるには、充分な悲壮感が。
けれど、折に触れて彼女たちが見せた表情は───
『この竹林は清々しいな?』
『そうですね、故郷とはまた違った趣きで』
『向こうに町が見えるぞ! 行ってみるか?』
『あまり寄り道をしては……。 えぇ、少しくらいなら』
まるで、そんな声が聞こえてきそうな雰囲気だった。
ちょうど、初めて訪れる観光地に目を輝かせる親子、あるいは兄妹のような。
そうだ。 あの鳥肌は恐怖によるものじゃなく。
当たり前の風景に。 人間らしい二人の姿に。
御社に向かう道すがらで見た“いつかの光景”を重ね併せて、私は感動したんだ。
「………………」
太刀を頭上に構えた童女は、未だにどこか迷っている様子だった。
刃がすぐにでも駆け出そうとしないのが、何よりの証拠だろう。
この娘は、妖狐なんかじゃない。
恨みの刃の重さを、その怜悧な頭できちんと理解している。
それを形振り構わず振るってしまえば、どういう事になるか、ちゃんと把握しているのだ。
「………ダメですか?」
「………………っ!」
友人もまた、この娘には無理だと、早々に気付いたのだと思う。
かくも剣呑な方策を提案した張本人として。
あるいは、こうした事態に対処する際の、己のレパートリーの少なさに、不甲斐ないものを感じたのかも知れない。
深々と息をついた彼女は、やがてこのように持ちかけた。
「じゃあ、少しの間、目を瞑っててもらえますか?」
「え?」
「何があっても、絶対に開かないように」
真剣な面差しで念を押す。
どうしたものか、しばらく躊躇いの色を浮かべた童女は、思案もそこそこに、言われるままに目を閉じた。
疑うことを知らないというよりは、友人の有無を言わせぬ調子に、ただ呑まれたのか。
そうではなく、いま自分の目の前にいる女性は、わが身の危険すら厭わずに、こちらに助け舟を出してくれていると、頭を冷やして悟ったのだと思う。
「………………」
先方の両眼がしっかりと閉じられているのを確認した友人は、童女の頭上に力なく止まる一刀に手を伸ばした。
そうして、優美な反りがついた棟に、掌をそっと宛てがい
「ちょっと!? ほの………っ!」
私が止めるのを待たず、これを力いっぱい自身の肩口に叩き込んだ。
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