テラーノベル
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ひと頻り涙に濡れた後、次第に落ち着きを取り戻した両名は、改めて恩人に謝意を示した。
悲願の成就。
彼女たちにとって、それがどれほどの意味を持つか。
ここに至るまで、どれほどの苦労があったのか。
先の涙を見れば、想像に難くない。
「どのように御礼を致せばよろしいでしょうか……?」
「いやいや、そんなの……。 気にしないでください」
にも関わらず、手放しで喜ぶことはせずに、まずはこうして恩を受けた相手に対し、礼を尽くそうとする姿勢は、日本古来の奥ゆかしさを、ふと想起させる。
人間よりも、よほど人間らしい。
そんな事は安易に唱えるべきじゃないが、どうしてもそういった考えが過ってしまう。
「………………」
空を見る。
いい夜だなと思った。
この辺りは星の輝きも疎らで、彼女たちが里のお山で見上げた夜空とは、似ても似つかないだろう。
でも、胸に蟠りを抱えたままのぞむ満天の星空と、晴々とした思いで見上げる疎らな星空。
どちらがより綺麗に見えるのか、それは当の二人にしか分からない。
「はいどうぞ、ラムネですよ。めっちゃ冷えてる」
「ラムネ………?」
「おぉ! あれですな、戦艦大和の」
深夜の小路に通行人の気配はなく、ゆったりとした時間だけが流れている。
「オメーら、いま何時だと思って……」
「あ、やっと来た」
「………穂葉さま、そちらの方は?」
「あ、父ですよ? ぐうたら店主」
「なんなのお前? 友達にまでそんなこと吹聴してんの?」
もうだいぶ遅い時間だと思うけど、不思議と眠気は感じなかった。
あんな事があった後だから。
それもたしかに理由の一つと言える。 けれど、何よりもまず、こんな時間がもっと続けばいいと。
こんな緩やかな時間の中に、もっと身を置いておきたいと、そういった思いが、当面の睡魔を遠ざけたのかも知れない。
「この度は、御息女に大変お世話になりまして」
「お、そうかい? こんなんでも役に立ったんなら良かったぜ」
「こんなん……? おい、もっぺん言ってみてくださいな?」
だから、油断はあったと思う。
心身は完全にのんびりモードに入っていた。
店先の微笑ましい光景を、心の日記帳に書き留める作業に、どこか夢中になっていた節がある。
あるいは、二名の身の振り方だ。
彼女たちは、今後どうするつもりだろう?
やっぱり、里のお山に帰ってしまうのか。
故郷に錦を──の物喩えもある。
一族を苦しめた長年の呪縛。 それを彼女の代で解き放つという大成果を得たのだ。
きっと、喝采をもって迎えられるに違いない。
あちらの生活がどんなものか分からないけど、誰にとっても、住み慣れた故郷が一番に決まっている。
ただ、もう少しだけ人里にいて、人間たちの生活に触れてみて欲しいと。
そんな事を思うのは、彼女たちの心情を無視した我儘な希望だろうか。
人間に対する誤解を、ほんの少しでも解いておきたい。 いや違う。 それこそ短絡的だ。
ただ、胸に痼を残したまま、帰って欲しくはなかった。
「ちぃ坊!!」
「え……?」
矢庭に、怒号にも似た史さんの声が、耳介の表面を滑っていった。
空気の流れが、おかしい?
いやそもそも、史さんはなんで───
思う間に、私の視界を黒いものが覆った。
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